読書

ルネ・ドマール「類推の山」

至高点を目指して究極の山の頂上を目指す。それはエベレストでもチョモランマでもない、いまだ誰も知らぬ未開の地にそびえる概念の「類推の山」だ。そしてそれは、 自然によってつくられたありのままの人間にとって、その峰は近づきがたく、だがその麓は近づ…

フリードリヒ・キットラー「グラモフォン・フィルム・タイプライター」

本書は、グラモフォン(蓄音機)、フィルム(映画)、タイプライターというテクノロジーが、いかにメディアに影響を与えるか、広く言えば人間の精神活動に影響を与えるかを、ラカンの理論等を用いながら具体的に例証してゆく本である。たとえば手書きの文章…

大橋洋一編「現代批評理論のすべて」

現代批評理論のエッセンスが詰め込まれたハンドブック。 テーマ編、人物編、用語編に分かれていて、それぞれが数ページ程度に凝縮されているので、それなりに知った人にとっては復習に持ってこい。またポケットリファレンスとしても便利な一冊だ。逆に言うと…

マーシャル・マクルーハン「グーテンベルクの銀河系」

「声の文化と文字の文化」を座右の書にあげておきながら、マクルーハンの聖典を押さえていないのはどうかと思い、一念発起してこの大冊に挑んだ。 一言、タイトルにいつわりなし、まさに歯車的メディア論の小宇宙! 要するに、グーテンベルクによる活版印刷…

ウィリアム・パウンドストーン「ライフゲイムの宇宙」

池上高志「動きが生命をつくる」 - モナドの方へでライフゲームが大きく扱われていたので、基礎的なところを一度おさえておこうと本書を手に取った。単にライフゲームを取り扱った本ではなく、熱力学モデルを詳細に論じながら、その関係をさぐってゆくという…

池上高志「動きが生命をつくる」

池上高志を知ったのは茂木健一郎による芸大授業のmp3だった。複雑系の専門家でありながらアートにも造形が深くて、ただの学者ではない、一筋縄ではいかない印象を持っていた。 主著があったら読みたいなと思っていたんだけれども、ついに単著が出たというこ…

小宮正安「愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎」

ヴンダーカンマー、驚異の部屋。十五世紀から十八世紀にかけて、貴族の間で大流行した珍奇なるモノを集めて作った趣味の部屋のことである。 これまで、この手の本は大手出版社から発売されることはなく、直接行って見ないかぎりはその実態がなかなかつかめな…

ディーノ・ブッツァーティ「待っていたのは」

本書は他の短編とはわりとかぶりが少ない短編集。これでブッツァーティはほぼ攻略したと言えるだろう。ディーノ・ブッツァーティ「タタール人の砂漠」 - モナドの方へを読んだ直後に読んだせいか、非常に絶望的なテーマばかりを取り扱っている短編集のように…

ディーノ・ブッツァーティ「タタール人の砂漠」

将校である主人公は砂漠の砦に配属される。誰もその場所を知らぬ砦は、砂漠という無人の荒野に面していて、どこからも襲撃される気配がないのだが、どこかきなくさい。その異様な雰囲気に疑問を感じながらも、いつ終わるともない任務を全うしようとする。 忍…

バイリントン・J・ベイリー「ロボットの魂」

誰の命令にも従わない自由意志を持つロボットが主人公という奇異な設定でありながら、物語はわりとシンプル。それだけに主人公の苦悩に集中しながら読み進めることができた。ロボットとはいえ、親のもとから巣立って自立し、さまざまな経験をし、死や性に関…

高山宏「超人 高山宏のつくりかた」

学魔降臨。帯にある言葉通り、高山宏の学魔ぶりを存分に味わえる一冊。 これまでの高山本とは違って、過去の足跡を辿ったり、プライベートを省みながら、その広大な高山学こと人文科学の世界を愉しく遊弋することができる。プライベートが披瀝されているとこ…

バーバラ・A・バブコック編「さかさまの世界」

車が牛を曳き、羊が羊飼いの毛を剃る。王が家臣に使え、男と女の役割が入れ替わる。そんなアデュナタという「さかさま世界」を描いた図像やお祭り、あるいは諸芸術が、いかなる文脈で語られてきたのかを分析する論文集。あるカーニヴァルでは、街一番の愚者…

ヤン・シュヴァンクマイエル、江戸川乱歩「人間椅子」

江戸川乱歩は子供の頃から読み続けていて、特に幾つかの有名な短編は何度となく読んでいる。人間椅子にしても、再読、再々読どころでは済まないくらいだ。幾度となく映像化されている作品ではあるけれども、なかなかコレは!というものは出てこなかった。今…

カルヴィーノ他「現代イタリア幻想短篇集」

20世紀を代表するイタリア作家の幻想的な作品を集めた短編集。ブッツァーティ目当てで借りてきたところ、両方ともすでに読んだ作品だった。とはいえ未読だったカルヴィーノの「アルゼンチン蟻」が含まれていたので後悔はしていない。 収録作品は以下の通り。…

小沼純一「バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア」

「ゴルトベルク変奏曲」を意識して聞いたのは、ホフスタッターの「ゲーデル・エッシャー・バッハ」を読んだ後だった。そこで書かれていたように、計算され尽くしたテクニカルなメロディーは何度聞いても味わい深いものがある。最近では「時をかける少女」で…

ディーノ・ブッツァーティ「石の幻影」

ブッツァーティ「神を見た犬」 - モナドの方へでブッツァーティに見事はまったので、とりあえず全部読んでみるかということで、少しずつ攻略してゆくことにした。本書も短編集ということで「神を見た犬」といくつか作品がかぶっている。 石の幻影 本書の半分…

エドワード・ハリソン「夜空はなぜ暗い?―オルバースのパラドックスと宇宙論の変遷」

夜空はなぜ暗いのか? 何言ってるんだお前は、と思われるかも知れない。 だがよく考えてみよう。この宇宙に恒星はたくさんあるし、放たれた光は何かに吸収されたとしても、いずれ放出される。そうすると夜でも真昼のように輝いていたっていいはずだ。そう言…

四方田犬彦「先生とわたし」

四方田犬彦と、東大での師匠である由良君美との関係を描いた伝記的論評。 由良君美と言ってもピンとこない人もいるかもしれないが、デコンストラクションに脱構築という訳語を当てた人物と聞けば、足を向けて寝られない人も大勢いるはずだ。その門下生も四方…

スラヴォイ・ジジェク「斜めから見る」

ラカンの理論といえば難解で知られている。それを映画や小説を通じて、わかりやすく入門しましょうというのが本書の趣旨だ。本書は、まず理論ありきで、その理論の説明をするために映画や小説などで例証しましょう、という内容ではない。映画や小説を斜めか…

ブッツァーティ「神を見た犬」

各種書評等を読んで、自分向けっぽかったので読んでみたら、大当たりだった。短編、それも非常に短いものが多く、オチをしっかりつけるというところは星新一に似ている。星新一が悪魔を登場させることが多いのに対し、ブッツァーティはお国柄のせいか神や聖…

マーシャル・マクルーハン他「マクルーハン理論」

「メディアはマッサージだ!」でおなじみ、TVの伝道師、メディア論の鼻祖、マクルーハンの論文と、それに共感する数人による論考集。 この本は1967年に「マクルーハン入門」というタイトルで出版された古い本であるが、21世紀を迎え「電子メディアの可能性…

濱岡稔「ひまわり探偵局」

文芸社の良心、濱岡稔。というか文芸社の作品は濱岡稔以外は読んだことがないんだけど…… 前二作は殺人事件を扱ったものだったが、今回はほんわかムードの日常系探偵もの。ムーミンパパのようなおっとりとした名探偵と妙にノリのいい助手を主役にすえ、心温ま…

今野緒雪「マリア様がみてる フレーム・オブ・マインド」

例のシリーズの3冊目の短編集。 いわゆる本編のオマケ的な作品もあるが、舞台設定が共通しているだけの独立した作品も多い。今回は、この独立した、いわば脇役が主役の作品がとてもよかった。本編の方はみなが主役級なわけで、それなりに努力して、それなり…

平野嘉彦「ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス」

ホフマン「砂男」と江戸川乱歩「押し絵と旅をする男」を比較して読んでみようという、ありそうでなかった文学研究書。 この二作の共通点は、読んでいる人ならばすぐにピンとくるはずだ。主人公が美しい女の人形に恋をするということと、望遠鏡が重要な役割を…

カリンティ・フェレンツ「エペペ」

解説に、蛇状曲線体でマニエリスム的文体がどうのとか書いてあったので、とんでもない奇書なんじゃないかとビビっていたのだが、読んでみると普通に面白い小説だった。言語学者のブダイは学会に出席するためにヘルシンキに向かう。しかし搭乗する飛行機を間…

ゲリー・ケネディ ロブ・チャーチル「ヴォイニッチ写本の謎」

筆者の一人ゲリー・ケネディが親類の葬式に出席した際、自分の遠い縁者にヴォイニッチという人物がいて、奇妙な写本を発見したことで有名だという話を知る。その話に好奇心をくすぐられ、ついにはヴォイニッチ写本の現物に対面する。そのときの感動から本書…

アルフレッド・ベスター「ゴーレム100」

幻の奇書と呼ばれていたベスターの作品がついに邦訳された。間違いなく今年一番の問題作。最高にぶっ壊れている。あらすじは8人の蜜蜂レディたちの集合無意識でできた変幻自在のゴーレム100を巡る物語なんだけど、その妄想世界に突入してからは完全にぶっ飛…

ヴォルフガング・イーザー「解釈の射程」

それまで作品やら作者を中心に考えられてきた文学批評の研究を、読者を中心とした立場から分析したイーザー。これまでは「行為としての読書」しか紹介されていなかったが、ここにきて2006年の著作が翻訳された。一読して、これは一体何についての本なのかわ…

ポール・アルテ「狂人の部屋」

なんだか久しぶりにミステリを読む気がする。変な小説ばかり読んでばかりいたので、スイッチを切り替えるのに時間がかかってしまった。いわくつきの屋敷と家系、あかずの間、不気味な予言、よみがえる死者……いかにもなガジェットが満載で、そのトリックも殊…

ヴィクトル・ペレーヴィン「チャパーエフと空虚」

来ましたペレーヴィン邦訳最新作。相変わらず主人公が空虚とか意味わかんない。 すべてが空回りするスラップスティック哲学妄想漫談とでも言えばいいのだろうか。ナンセンスで空疎な会話の応酬と、緻密で哲学的な文章にノックダウンされる長編だ。舞台は1920…