エドワード・ハリソン「夜空はなぜ暗い?―オルバースのパラドックスと宇宙論の変遷」

夜空はなぜ暗いのか? 何言ってるんだお前は、と思われるかも知れない。
だがよく考えてみよう。この宇宙に恒星はたくさんあるし、放たれた光は何かに吸収されたとしても、いずれ放出される。そうすると夜でも真昼のように輝いていたっていいはずだ。そう言われると、そうかな?という気すらしてくるが、現実はごらんの通り。夜空は暗いのである。
冷静に考えると夜空は明るくてもよさそうなものなのに、実際は暗い。これをオルバースのパラドックスと言う。オルバースは18世紀の科学者だが、この疑問は太古の昔から存在していた。それを忠実に点検してゆきながら、科学史における宇宙観の変遷を追ってゆく本である。

実はこの本を読む前は、このパラドックスに対する回答として、以前に小耳に挟んだことがあった「宇宙膨張説」を信じていた。これは宇宙が膨張しているため、相対的に遠い星ほどより高速に遠のいてゆき、その結果、放たれた光は赤方偏移で暗くなってゆくという説である。しかし、この説も膨張する定常宇宙モデルでしか通用しないと冒頭から覆されてしまった。
では、なぜ夜空が暗いのか?
その種明かしをしてしまうと、宇宙を明るくするにはエネルギーが足りないという、ものすごく単純な理由に落ち着く。宇宙を満たす物質の全質量をエネルギーに変換しても、絶対零度からわずか二〇℃しか上昇しない。これではとてもまばゆい光で宇宙は満たされない。

この単純な理由だけを知りたい人は、本書の最後のほうだけを読めば納得できるだろう。しかし本書の魅力は、科学史におけるさまざまな登場人物達の推論にある。仮説を立てて検証してゆく科学的プロセスを存分に味わえるのだ。
またもうひとつ興味深い点があって、本書の回答へと至る道筋を初めて提唱したのが、科学者でもなんでもないエドガー・アラン・ポオであるというところだ。もちろんポオは宇宙詩ユリイカをものしているくらいだから天文学に造詣は深かった。といっても専門的な計算などができたわけではないだろう。むしろ、だからこそ科学的常識的に縛られない発想で、この問題のひとつの道筋をたてられたのである。

当たり前のようにそこにある夜空の暗さが、壮大な宇宙観と繋がっている。素晴らしい詩的ロマンだ。