辻由美「火の女 シャトレ侯爵夫人―18世紀フランス、希代の科学者の生涯」

今でも読まれているフランス語版のニュートン『プリンキピア』の序文にはこうある。
「ふたつの驚異がなされた。ひとつは、ニュートンがこの著作をあらわしたことであり、もうひとつは、ひとりの女性がそれを翻訳し、解明したことである」
これを記したのは、かのヴォルテール。そして翻訳したのが本書の主人公シャトレ公爵夫人(以下、本書にならってエミリと呼ぶ)だ。自分はヴォルテールがらみからエミリを知っていたのだが、彼女を中心にしてみた18世紀というのは本書で初めて体験したことだった。
少女時代から『アエネイス』を翻訳するほどの語学力を持ち、なによりも物理と数学に夢中になった少女が、結婚し、幾つもの恋愛を経て、時にはギャンブルに夢中になりながらも、なによりも科学の発展に貢献したというエピソードがつまらないわけがない。彼女を中心として人間関係を負ってゆくことで、18世紀における世界像や科学者哲学者の主張が立体的に見えてくる。
エミリの生き方でなにより感心させられるのが、燃え上がるような情熱を持っているにもかかわらず、科学的視線は常に冷静に保ち、自分が論理的に導いた結果を信じて行動していたことだ。ゆえに自分の意見と異なる相手ならば、それがアカデミーの重鎮であっても真っ向から挑んでゆく。その意志を曲げない力強さは見倣いたいものである。
また天才肌らしい、どこか抜けた天然なエピソードもあり、エミリ萌え目線から読んでも面白いだろう。生涯の相方であったヴォルテールとの、ある部分はそっくりである部分は真逆のコンビはキャラ造型としても最高だ。
18世紀に、科学史の中に燦然と輝く女性がいたということを知るだけでも読む価値がある一冊である。