ヴォルフガング・イーザー「解釈の射程」

それまで作品やら作者を中心に考えられてきた文学批評の研究を、読者を中心とした立場から分析したイーザー。これまでは「行為としての読書」しか紹介されていなかったが、ここにきて2006年の著作が翻訳された。

一読して、これは一体何についての本なのかわからなくなってくる不思議な本だ。まず飛び交う専門用語からして、レジスタトランザクション、リレー、ネスティング、フィードバック、インターフェイス、閾空間、パラメータときて、本当に文学の本なのかよ!と、つっこみたくなる。
さらにドイツ観念論現象学ゆずりの硬い文章と専門用語の弾幕に、お世辞にも理解できたとは言えないんだけど、とりあえず解釈学的循環という概念が本書の軸であることは間違いない。

あるテクストを読むとき、それは現時点でのレジスタの情報を使って解釈され、その結果がレジスタに格納される。しかしレジスタに収まることで、そこに変化が生じてしまうわけだから、次に同じテクストが入力されても、同じように解釈されるとは限らないというわけだ。そのため解釈は一定にさだまらず、レジスタとの間で循環が起きてしまう。
この循環を軸に、解釈の射程を論じてゆくんだけど、とにかく難解で参ってしまった。
ハッキリ言って文学理論の本というより、一般システム論の本と言った方がいいだろう。生物学的なことにはそれほど触れられていないが、サイバネティクスやフィードバック系からのアナロジーを盛んに利用している。裏を返せば、批評理論が認識論とつながっていて、究極の学問だぜという素顔をかいま見せているとも言えるかも知れない。個人的には文学理論最強説を妄想しているので許せるのだが、この本に書かれていることの大部分は「アナロジーの罠」であると思ったほうがよいだろう。

しかし齢70を超えて、こんな本を書いてしまうなんて、やはりイーザーはただ者じゃない。

解釈の射程―“空白”のダイナミクス
ヴォルフガング・イーザー Wolfgang Iser 伊藤誓
法政大学出版局 (2006/11)
ISBN:4588008579