平野嘉彦「ホフマンと乱歩 人形と光学器械のエロス」

ホフマン「砂男」と江戸川乱歩「押し絵と旅をする男」を比較して読んでみようという、ありそうでなかった文学研究書。
この二作の共通点は、読んでいる人ならばすぐにピンとくるはずだ。主人公が美しい女の人形に恋をするということと、望遠鏡が重要な役割を果たしているということである。これがサブタイトルの意味だ。

本書にはもう一冊、影の主役があって、それがフロイトが砂男を論じた「砂男、無気味なもの」である。フロイトは「砂男、無気味なもの」で無気味なもの(ウンハイムリッヒ)という重要な概念を提唱した。本書でも、このフロイトの論旨を何度も引用している。
そのため、できることなら「砂男」「押し絵と旅をする男」「砂男、無気味なもの」の三冊を読んでから本書にあたると飲み込みが容易になるだろう。ただし残念ながら「砂男、無気味なもの」は入手困難である。

さて、本書はフロイトの論旨を足がかりにしながら、そこで読み逃されている細部を点検してゆくという内容になっている。そこに乱歩の作品を平行におくことで、文学観がより立体的になるわけだ。
そしてそこに共通する点、特に望遠鏡をクローズアップし、その語義にまでさかのぼりながら検証してゆくところは実に面白い。
そんな複雑なことをやっているわけだが、「理想の教室」というシリーズではどうやらページ数が足りなかったようで、少々、強引な決めつけになっているところがある。そのため、フロイトの強引さを批判しているわりには、新たに展開される論理もまた無理がある感が否めない。

それでも読み物としてはとても面白いし、わかりやすい。二つの文学作品を比較し読み解いてゆくというスリリングさを味わうには絶好な本だろう。

余談

本書では触れられていないが、光学器械という視点で文学を論じた本にマックス・ミルネールの「ファンタスマゴリア」がある。ホフマンの「砂男」も取り上げられていたはず。

ファンタスマゴリア―光学と幻想文学
マックス・ミルネール Max Milner 川口顕弘 森永徹 篠田知和基
ありな書房 (1994/05)
ISBN:4756694322