黒沢清「映像のカリスマ」

本書は映画史と銘打ち、映画の話題に終始しているが、それでもなお映画の本ではないと言いたい。
ここには映画というものに対する黒沢清の真摯な姿勢と、物作りに関わる本質が詰まっている。

自分がそれほど映画に詳しくないのと、世代の違いもあって本書で言及されている映画はほとんど未見であったが、それでも興味深く読めた。
いや、そんなことよりなにより、黒沢清の書く文章は理屈抜きに面白い。これが氏が作る映画の面白さと同一直線にあるのかどうかは、まだ判断がつかない。けれども難解とも軽妙ともつかない文体と独特なユーモア感覚は、間違いなく一流。ときにランキング風、ときに対話調を用いる構成の妙は、新感覚の小説を読んでいるかのようでもある。

全体的に徹底的に考え抜くという思想の重層からなっているが、深刻に考えるところがあるかと思えば、楽観的に抜けているところがあるのも黒沢清の味だ。
たとえば才能のある監督が10秒で表現するカットを、才能のない監督は努力によってなんとか1分かかって表現する。そしてその努力を続けるには楽観的でなきゃだめだと言うのである。
これは単純な理論武装からでは浮かび上がってこない境地だ。

さて最近の映画はフィルムやCGのテクノロジーの進歩によって、どんどん現実に近い映像に作り込めるようになっている。それなのに見て受ける印象はフラットになってゆき、本来、映像が持っているはずの濃さを感じられなくなってしまった。
変な話だが現実に近い映像は実は全然リアルじゃなく、うまく作られた虚構にこそリアルを感じるらしいのだ。昔の映画を見ると「ああ、映画だなあ」と単純に面白いと思ってしまうところがある。
本書はそういう点にもいくつか言及している。黒沢清の作品が、昨今の映画の中でにおいてもとても映画らしい映画であると感じるのは、この点に自覚的であるがゆえであるだろう。
それだけに映画にとどまらずヴィジュアル全般に興味を持っている人にとってもよいヒントが散見される本だ。