まとめて5冊
乾くるみ「スリープ」
ジャンル的にはSFミステリとなるだろうが、サプライズという意味では、これまでの作品の中では一番薄かったように感じた。むしろ楽しむべきはガジェットの妙なディテールや、未来世界の描写だろう。しかし乾くるみだけあって、後半の展開は風変わりと言う他はない。
それにしても『匣の中』でもそうだったように、作者の名前を冠する登場人物の役回りが異様である。
寵物先生「虚擬街頭漂流記」
第一回島田荘司推理小説賞を受賞した仮想現実内での殺人を扱ったSFミステリ。
仮想世界のフィードバックで人が死ぬとか安全性やばすぎるだろ、という無粋なツッコミをのぞけばミステリとしては普通にしっかり作り込まれている。母と娘の関係性が物語上の必然性と絡んでくるあたりも、読んでいて面白かった。
ただSFとして読むとあまりにありきたりなネタがトリックに絡んでくるのはやや拍子抜け。イーガンとか読んでる人が純粋にSFとして読んだら、その程度のネタかよ!となるんじゃないだろうか。一応テクノロジーが絡んでくるネタフリ部分も興味深い点はいくつかあったんだけれども……島田荘司はSFに一家言ある人ではないのだろうか。
高橋昌一郎「理性の限界」
「アローの不可能性定理」「ハイゼンベルクの不確定性原理」「ゲーデルの不完全定理」という20世紀に現れた三つの限界を一冊で語ってしまおうという野心的な新書。対話形式でわかりやすく展開させており、外観と導入の一冊としては上手い。
「アローの不可能性定理」についてはあまりよく知らなかったので助かったのだけれども、終盤にでてくるチャイティンの論議は、これだけ読んでわかる人はなかなかいないだろう。チャイティンに関しては『メタマス』にあたったほうがよい。
論議がどんどん抽象的になってゆくさまは、さながら「匣の中の失楽」といったところ。本書で言及されているところでいうならスマリヤン風か。三つの題材のどれにも詳しい人はわざわざ読む必要はないだろうが、どれかひとつでも興味があるならオススメできる。
ピエール・レヴィ「ヴァーチャルとは何か?」
ヴァーチャルをイマジナリーな存在としてではなく、もうひとつのリアルな存在として考察した一冊。もっと具象的な内容を期待していたのだが、思ったよりも抽象的論議であった。しかし、ヴァーチャルな経済にとっては消費でさえ生産である、といったような今日的な論議には一見の価値がある。