ホセ・エミリオ・パチェーコ「メドゥーサの血」
巧い、巧すぎる。ここまで短編が巧い作家もなかなかいないだろう。
ガルシア=マルケス他「エバは猫の中」 - モナドの方へに収録されていたパチェーコの「遊園地」があまりに衝撃的だったため、読後数分後にはショッピングカートに入っていた短編集である。
パチェーコはメキシコの詩人・批評家であり、小説家というわけではないらしい。詩の方も、あとがきに何編か載っているので、楽しむことができる。
作風はひとことでは言えない。カルヴィーノのような、なんでもござれ縦横無尽な感じだ。言うなれば、ラテン・アメリカ文学のエッセンスを絞り出してまとめると、こんな短編集になるかもしれない。前述の短編集並みに、とにかく密度が濃いのだ。
それでもあえて分類するなら「歴史もの」「少年少女もの」「メタフィクション」の三つに分けられるだろうか。
「歴史もの」はちょっと苦手、というよりメキシコ革命の歴史とかをちゃんとわかってないと面白くないと思う。
「少年少女もの」は、恐らくパチェーコがもっとも得意とするところのようだ。微妙な心の揺れ動きを巧みに描いていながら、軽い表現に陥らず、一流の文学になっている。その中に混ぜられる毒のある描写も、たまらない。
でも個人的に注目してしまうのは「メタフィクション」で、ボルヘスの影響をちらつかせながらも、ポストモダン作家にもひけをとらない実験をしていたりする。
以下、特に気になった物だけをリストアップ。
八月の午後
ビュトールの「心変わり」をわずか数ページで実装。後半の詩的な、消え去りゆく感じがたまない。
遊園地
再読しても、やっぱり凄い。この短編集の中でも1、2を争うでき。
針の中の城
三回くらい読んだんだけど、正確な内容がわからない。別に難しいことが書いてあるわけじゃないんだけど、最後の段落で???になってしまう。これ、どういうこと?
女王
こういうの読むと、巧いなあ、と思う。
分からないだろうな
差別問題をあつかった作品。無垢な子供の心と、社会構造のどうしようもなさとの対比が見事。
あと全般的にいえることだけど、最後の1センテンスが洗練されている。
文明と未開
ベトナム戦争に出兵した息子、その息子の手紙を読む父親、その父親が見ているインディアンが暴れ回るTV。それらが段々と混じり合ってゆく実験的な作品。どうじに戦争批判にもなっている。こういうの大好き。
闇にあるもの
実験的なアンチ?ミステリ。ガルシア=マルケスの「予告された殺人の記録」を思わせる。
不死の人の夜
ボルヘス、リスペクト。圧縮された世界史。
三連作「猫」
猫をテーマにした、独立した三つの短編から構成されている。互いに少しずつ関係があるのが面白い。
長続きしない
ホラー映画を使ったメタフィクション。この短さでやってしまえるところが、パチェーコの凄いところ。
架空の生の諸事例
本書のベスト。「遊園地」と同じく、十を超えるショートショートから構成されている。パチェーコの博識と、手腕が存分に生かされている。
いつまでも一緒に
ジョディー・フォスターに心酔し、レーガン大統領の暗殺を企てた実在の男の独白。これまでの作風とはまるで違う、異色の作品。
とまあ本当に素晴らしくて、これまで知らなかったのがバカみたいだ。
アンソロジー以外では、これ一作しか翻訳されてないというマイナーさが恨めしい。もっと翻訳してください。
メドゥーサの血―幻想短篇小説集posted with amazlet on 06.07.18