イタロ・カルヴィーノ「遠ざかる家」

相続税に悩む主人公が、土地を売ってアパートを建てようとするのだが、次々と困難が降りかかってきて計画が遠のいてゆく、というだけの話。こう書くと三谷幸喜のコメディみたいだが、本書はもっと陰鬱で辛辣。人生の苦しみがにじみ出ている。
原題は「建築投機」。主人公が人生を賭けてこの事業に取り組む姿勢を意味している。
もちろんカルヴィーノのことだ、ただ困難を困難として描いているわけではない。この建築の一件が、ときに人生の隠喩となり、ときに歴史のそれにもなる。文体をフラットにすることで抽象度を高めており、読んだ人それぞれの困難と重なり合うように計画しているのだろう。舞台となる主人公の故郷が****という伏せ字、変数で示されるのもその一例だ。

この主人公、もっとセーフティな方法があるのに、わざわざ困難で投機的な手段に身を投げ出してゆくとしか思えないような行動をとる。大金が動くのだからもっとリスクヘッジをすべきなのに、用意周到かと思いきや肝心なところで手を抜いてしまう。
人生ギャンブルでないと面白くないということなのだろうか、それが結果悲惨なことになるのだとしても。確かに絶対安全確実なものなんて、まったく面白くないのも事実だ。そこにこの作品の本質があるように思える。

作品自体は最低限のスペックは維持しているものの、あのぶっ飛んだカルヴィーノ世界を満喫するというには不十分だ。カルヴィーノファン向けというよりはカルヴィーノマニア向けの作品だろう。