泡坂妻夫「生者と死者」

「しあわせの書」に続くビックリ本。
本書はフランス綴じになっていて、いくつかのページが袋とじになっている。まずはその状態で(つまりページを飛び飛びに)読むと、その名も「消える短編小説」という題の短編小説として読める。
次に袋とじを切り開くと、短編は跡形もなく消え去り、今度は長編小説「生者と死者」がおでましするという趣向である。

「消える短編小説」は短編としてはちょっと苦しいところはあることは否めない。しかし、その評価も長編小説に溶けてゆくさまを見ることで、一変した。
まさか情景や登場人物まで変わるとは思わなかった。あたりまえだけど、まったく同一の文章であるにもかかわらず、その内容がまるっきりかわってしまうのだ。
これも一種の叙述トリックというか叙述アクロバットで、「生者と死者」の本筋よりも、こちらの「なるほど、この文章が、こうなるのか!」という驚きが勝ってしまうほどだ。しかも十数ページに一度現れるので、何度も楽しむことができる。
しかも、ここで使われる手法が長編小説でのトリックにも関係していて、短編、長編、トリックが相互に関係するという複雑な相関も読み所の一つだ。

本書は編集者の思いつきから出た企画だそうで、これには泡坂妻夫も相当に頭を悩ませたらしい。
「しあわせの書」と本書での挑戦は、カルヴィーノ筒井康隆もビックリだろう。それにしても胃に悪い仕事だ。

一冊で二度美味しい

この手の本物を買うと、何万円もするらしい。それがこの値段で手に入るなんて、なんてリーズナブル。

余談

袋とじが意外に切りづらいので注意。カッターを用意しておきましょう。
フランス綴じは趣があるとは思うけど、買う本が全部これだったら読むのが大変だよ。

余談2

開封済みしか手に入れられなかった OR 再読用のメモ。
短編を構成しているのは以下のページ。
16-17、32-33、48-49、64-65、80-81、96-97、112-113、128-129、144-145、160-161、176-177、192-193、208
八折りだから16の倍数ということか。

余談3

絶版で、しかも趣向が趣向のため、未開封ならそれなりに高い。未開封を発見したら、とにかく買いだ。