水林章「『カンディード』を前にした青年」

ページ単価が高いけれど、十分その価値はある「理想の教室シリーズ」の一冊。
まず題材がヴォルテールというだけで、これは読まねばならないと使命に燃えた。それにヴォルテールは有名な割にあまり解説本がでていないので、非常に貴重でもある。

内容は、いわゆるテクスト分析の手法を使い、カンディードの、それもごく一部分を精読(カッコつけるならエクスプリカシオン)することで、ヴォルテールの思想、ひいてはそれが現代の状況分析にも使えるよ、という感じである。カンディードにおける戦争描写を、イラク戦争におけるメディアの取り上げ方と比較していて、なかなか面白い。批評理論としてふれられる思想家は、サイードフーコーバフチン、スタロバンスキー等々である。

読んで感じたのは、ヴォルテールの作品というのが実に精読に耐えうるということだ。さらりと読んでいてはわからない、味わいが、精読することでどんどんと増してくる。人によっては、この著者の分析はうがちすぎなんじゃないの?と思ってしまうかもしれないが、ヴォルテールのキャラから察するに、絶対にこれくらいのことは考えている。間違いない。

ちょっと気になったのは、カンディードライプニッツオプティミズムを批判している本であるのだけれども、ここでの批判というのは少しライプニッツの本質とはそれているということを指摘していないことだ。もちろん、ここでの主役はヴォルテールなので、ライプニッツのフォローまでしてられないとは思うが、私は両方とも好きなので、ちょっと残念。

精読部分の原文も載っていたりして親切な作りになっている。ただ部分の精読であるので、大まかなあらすじにの説明はあっさりと済まされている。なので、あらかじめカンディードを読んでおく必要がある。最近、新訳された「カンディード 他五篇」はどれも非常に面白いので、読んで損はない。ぜひ。

18世紀にして、ミステリ、SF、冒険、哲学……なんでも揃ってるヴォルテール