マット・マドン「コミック 文体練習」
1つのストーリーを99通りの方法で描き出すという、レーモン・クノーの「文体練習」に激しくインスパイアされた作品。コミックへの翻訳といっても過言ではないだろう。
実はあまり期待せずに読んだのだが、思っていた以上には面白かった。クノーへの敬愛と実験精神がにじみ出ている。このできばえならクノー先生も喜んでくださるであろう。
作者がポテンシャル文学工房ウリポのコミック版であるウバポの海外メンバー(本部はフランス)であることからしても、そのクオリティは保証されていると言えるだろう。またイェール大学で教鞭をとっているだけあって、批評理論にも造形が深いようだ。(「信頼できない語り手」「批評家」などからしても、それが伺える)
それでは気になったのをいくつかとりあげてみたい。
マンガ
これは日本の漫画風に描いたもの。絵柄はちょっと古めだけど、畳、障子、パンチラと三拍子揃っている。
原書の時点からオノマトペも台詞もすべて日本語というこだわりよう。
30コマで、プラス・ワン、エトセトラ、コマの外を描いてみる
この一連の方法は、駕籠真太郎の実験性と非常に接近している。誰か駕籠センセーのマンガをウバポに送りつけてやってください。
文鍛錬修
ボディービルのコミック広告風なんだけど、レーモン・クノーのファンなら一番笑えるところ。細かいところまで、いちいち爆笑できる。文体(スタイル)と体型(スタイル)をかけているところがポイントだ。
ちなみに「世界で最も長いソネットの本」とは、順列組み合わせを変えることで百兆通りの読みができるという「百兆の詩篇」のこと。
スーパーヒーロー
アメコミ風というかバットマン。他にも有名な漫画家の作風を真似たパロディもの(タンタン風とか)がいくつかあるんだけど、なじみがないのがツラい。
地図
なにげに一番感心した。
トゥー・イン・ワン
レーモン・クノーのファンが二番目に笑えるところ。
原典「文体練習」とコミック「文体練習」が混ざり合って進行する。
デジタル
いくらなんでも一発ネタすぎる! 仮にデコードできるとしても、2ビットだと情報量が少ないから、これだけじゃたいした内容じゃないだろう。
十六進数にしてデコードできるようにしておけば完璧か。
グラフ
トリストラム・シャンディですね。
言葉が多すぎる
原典「文体練習」では、その方式がどんどん過剰になってゆくのがポイントだった。本書ではその過剰があまりみられないのが残念だが、この「言葉が多すぎる」は過剰さが際だっていて面白い。
まちがい探し
これ意外に難しい。次のページと比べると探しやすいです。
冷蔵庫がない、ジェシカがいない、マットがいない
最後はないないシリーズで幕を閉める。でもこれだったら「部屋がない」とか「コマがない」とかのほうが面白かったんじゃないかな。
ちなみにウェブサイトでいくつか読むことができる。
→http://www.artbabe.com/exercises/exercises/
またウバポの情報については以下を
→http://www.newhatstories.com/oubapo/
元ネタを先に読んでおいた方がよい。
余談
「ウバポ OuBaPo(潜在漫画工房)」だけでなく、ミステリを取り扱う「ウリポポ OuLiPoPo、Ouvroir de Litterature Policiere Potentielle(潜在警察文学工房)」を始め、「ウシポ OuCiPo、Ouvroir de Cinema Potentiel(潜在映画工房)」「ウパンポ OuPeinPo、Ouvroir de Peinture Potentielle(潜在絵画工房)」「ウキュイポ OuCuiPo(潜在料理工房)などもある。
以下の中島万紀子「ウリポ(潜在文学工房)からウバボ(潜在マンガ工房)へ-ルイス・トロンダイムにおける潜在性-」を参照のこと。」
→http://www.littera.waseda.ac.jp/appendix/CLLF/vol23.htm