園子温「紀子の食卓」

自殺サークル」の続編、解決編である。「自殺サークル」ではそのメッセージ性よりも、デッドコースターばりのグロテスク描写ばかりが印象に残っていたので、また酷い気分になるんだろうなあと、ある種の期待と覚悟をして鑑賞したのだが、良い意味で期待を裏切られた。
絶望の中から得られるひとつの選択はすがすがしくもある。これは凄い映画だ。

まず非常にまとまりのあるよくできた映画であるというのが、まず思った正直な感想。
最初の淡々と続く主人公のナレーションに入り込むのに少し苦労したが、入り込んでからは一度も集中を切らさずに160分間見ることができた。映画の技術もさることながら、話の展開が素晴らしく、ラストシーンに至っては、まるで長編小説を読み終えたかのような充実感がわき上がってくる。

主人公、紀子は廃墟ドットコムというサイトを通じて上野駅54さんと知り合い、家出同然で上京する。やがて紀子の行動に気づいた妹ユカも姉を追う形で家を出てしまう。二人の家出に衝撃を受けた父、徹三は残された日記やメモから、二人が自殺クラブに関係しているのではと疑い、執拗な調査を開始する。
一方、上野駅54さんことクミコと出会った紀子は、レンタル家族や、自殺サークルといった奇妙な生活に巻き込まれてゆく……

物語は結構複雑だ、ただし追うべきは本筋そのものよりも、家族の関係や、個人と社会との関係といった抽象的なところにある。それによってこの異常な物語が、観客各人の物語に近づいてゆくことだろう。
そして崩壊した家族をレンタル家族という形で再構成することによって、現代の家族の食卓をグロテスクな光景に変えてゆく展開は、恐ろしくも見事だ。
それぞれの立場が、それぞれの主張をしていて、どれが間違っていてどれが正しいかとは簡単に判断できないように描かれているが、最後にみせる妹ユカの選択に多くの人は共感するだろう。というかユカは美味しいところ持って行きすぎだ。ちょっと紀子が可哀想になる。

序盤は虚構と現実が混じり合ったりするので、頭をスイッチしながら見ていかないとわかりずらい所もある。また、すべてのシーンや行動にに明確な理由が与えられているわけではないので、スッキリしないという人もいるだろう。
しかしそこは、もやもやとさせたままで良いと思う。これが映画という形で作品化している以上、単純なメッセージに納得するよりは、もやもやとした違和感のような形で「紀子の食卓」という映画の衝撃を味わってゆく方がはるかに健全だろう。
もっと明確に監督のメッセージを知りたいならばパンフレットを買うと良い。現代はすでに「紀子の食卓」を追い越している、という言葉は重い。

わかりやすいマニュアル化された役割や、本当の自分などという言葉に惑わされがちな現代において、この映画はひとつのショック療法になりうると思う。
それだけに、道に迷っている人、またこれから道に迷うかもしれない人には是非見てもらいたい映画だ。付け加えるなら、監督が語っているように、小・中・高校生にも見てもらいたい。R15だけれども……

紀子の食卓」の原案となった小説。「自殺サークル」のノベライズと間違えないように。

余談

それにしても役柄のせいもあって妹役の吉高由里子がとても輝いて見えた。いや実際可愛いんだ。
もう吉高由里子を見るためだけに見てもいい映画だよ。
http://auctions.yahoo.co.jp/html/entget/200609/noriko/interview1a.html
http://www.sankei.co.jp/enak/2006/longinterview/sept/kiji/12yoshitaka.html

余談2

古屋兎丸がイヤーな感じの役で出ている。登場人物のなかで一番インパクトがあったよ。

余談3

マイク真木には見せられないな、と思った。薔薇咲いちゃうんだもん。