巽孝之他「人造美女は可能か?」

慶応大学で行われた「人造美女は可能か?」というシンポジウムの内容をまとめたもの。「可能」は叶姉妹にひっかけているらしい。
執筆陣といい、表紙の恋月姫といい、ピンとアンテナが立った人は必読という内容になっている。

新島進編 ホフマンからゴスロリまで

ホフマンの「砂男」(オランピア)からALI PROJECTまでの系譜をチャート図で表したモノ。本書で触れられている範囲内で、非常によくまとまっている。ややおおざっぱだが、これ細かくやろうとすると際限なく列挙できそうなので、これくらいが丁度良いかも。
実は私がAli Projectにはまったのも、Noirの第一回放送で「コッペリアの棺」を聞いて、ホフマンキタコレと思ったからなので、非常に感慨深いモノがあった。

立仙順朗 マラルメの効用

攻殻機動隊における人形遣いを言語サイボーグとし、その元祖はマラルメだ!というところから始まって、力業で妖獣都市まで持って行ってしまうという前代未聞のマラルメ論。
いくらなんでも、と思われるかも知れないが、マラルメ本人って案外こういうの好きなじゃないかな。

新島進 ヴェルヌとルーセル、その人造美女たち

リラダン(おっと、ヴィリエ・ド・リラダンだね)が「未来のイヴ」で描いた、元祖にして究極の人造美女ハダリーを背景におきながら、ヴェルヌとルーセルにおける「独身者の機械」を確認するという内容。かなりミッシェル・カルージュ「独身者の機械」の影響が見られる。
ヴェルヌの描く究極の人造美女が透明であるというのは、究極の女性性を目指した人造美女という存在が、結果、女性性から超越してしまうということを表していると思われる。このあたりが後半の論考ともつながってくる。
あと言われてみればルーセルってコスプレ大好きだよな、と思った。

宝野アリカ 聖人造少女領域

これがお目当てで買う人も多いでしょう。
メガロポリス・アリス」「コッペリアの棺」「聖少女領域」「未來のイヴ」等の歌詞の解説を交えながら、流行のメイドとゴスロリの違いを分かりやすく説明している。
ゴスロリな人は読まないと駄目。安くなるな、かしずくな、ポリシーを持て。

巽孝之 死んだ美女、造られた美女

言語上の死美人を書かせたら右に出るものはいないポオ、元祖引きこもり系ゴスロリの詩人エミリー・ディキンスンから、T・S・エリオットまでうまく繋げている。
他の文章ともリンクしているところにも注意しながら読むとよいでしょう。

荻野アンナ 天然メイドの人造慰霊祭

人造美女は可能か?」はレポート兼後日談。メイド服の荻野アンナ、女装の新島進などの写真も多数見ることができる。
レーモン・ルーセル通りは探しに行きたい。

高原英理 ゴシックの位相から

筆者お得意のゴシックの世界から人造美女を語る切り口。幼童天皇の話が面白かった。

小谷真理 ゲイシャとT・レックス

映画「SAYURI」の違和感を見事に解説。あれは超アジア的なコスプレ、人造美女作成マニュアルだったのである。

識名章喜 オリンピアとマリア

「砂男」と「メトロポリス」における人造美女を詳しく解説。ある意味、一番正当な内容になっている。
脚注で両作品のあらすじが書いてあるので、「砂男」や「メトロポリス」を知らない人は、まずこれを読んでおくと通りがよいだろう。

茅野裕城子 バービーは仏像かもしれない

意外に感心してしまったのが、この一編。人造美女の仏像化にこそ性を超えた、聖なる純粋な美の行方が占われるのではないか? つまり、愛でる対象から、拝む対象になってゆくわけ。
そういう意味では、本書の文脈で弥勒菩薩なんかを眺めるのが、今後の人造美女研究の新たな方向性のような気がする。

スーザン・J・ネイピア ロスト・イン・トランジション

セイバーマリオネット」「エヴァンゲリオン」「イノセンス」を論じている。澁澤龍彦から東浩紀まで、ほんと色々知ってるなあ。今度「KEY THE METAL IDOL」を見せてあげて。


総括すると、全般的に非常に面白いんだけど、ちょっと目配りが利いてない部分もあるかなという気もする。人造美女に対応する男性性の概念や、内面の知性としての人造性とか。機械工学や情報工学の専門家なんかも呼んでいたら、もっと膨らんだかもしれないと考えるとちょっと惜しい。
本書で語られている内容は、人文学の領域で語りきれるほどスケールのものではないので、多用な視点からの研究が望ましいだろう。

独身者の機械

ほうぼうでひかれているミッシェル・カルージュの「独身者の機械」という本。これは非常に重要な文献なんだけれども、残念なことに絶版である。しかも古本で入手するにしてもかなり高値で取引されている。今こそ読まれるべき本なんだけど、なんとかならないものだろうか……

男は?

ちなみに本書は人造美女に終始しているけど、「独身者の機械」ではその男版の方もちゃんと紹介されている。それはジャリの超男性という作品。ひねくれている人造美女に比べると超男性の概念はわかりやすいので、気になる方は「超男性」をご一読されたし。

余談

このメンバーだったら新島進と共にルーセルを翻訳してる國分俊宏も呼べばよかったのに。理由は、Noirのサントラのブックレットになぜか執筆してるから。ホントなんでなんだろ?

余談2

色白病弱ツンデレな「つれなき美女」に言及するなら、マリオ・プラーツ「肉体と死と悪魔」を参考文献に挙げておいてもらいたかった。

女が人形なら、男はピストン運動を繰り返す機械装置となる。翻訳も素晴らしい。

「サタンの変貌」「宿命の女」「つれなき美女」と、現代の批評に使える概念が満載。

肉体と死と悪魔―ロマンティック・アゴニー
マリオ・プラーツ Mario Praz 倉智恒夫 土田知則 草野重行 南條竹則
国書刊行会 (2000/08)
ISBN:4336042764