ジャン・リュック・ナンシー「私に触れるな―ノリ・メ・タンゲレ」

ノリ・メ・タンゲレとは復活したイエスマグダラのマリアに向かって言い放つ言葉である。すでに死んでいるのだが、まだ天上の人間にはなっていないので、触れてはならない、という解釈らしい。復活したイエスが園丁の姿で現れる(そのためマリアはすぐにイエスとは気づかない)というのも謎めいている。

「私に触れるな」というちょっと不可解な呼びかけと、ノリ・メ・タンゲレというまじないめいた言葉の響きに、得体の知れない魅力を感じる人は、どうやら自分だけではなかったようだ。数多くの絵画の画題になっているし、それ以外の芸術のテーマにもなっている。このへんは巻末に付録として載っている。

ナンシーは初めて読んだのだが、デリダの流れをくんで脱構築的な論法を得意としているようだ。そのため謎解きをしていってある種の解釈にたどり着くというものではなく、絵画における表象の細部に注目し、時には言葉遊びに戯れながら、読者の思考を揺さぶってゆく。

本文自体は100ページ弱と短いが、訳者解題がわりに丁寧に説明してくれるので、脱構築なんてさっぱりだよ、という人でもとっつきやすい。
また昨今はやりの「マグダラのマリア」に興味を覚える人も、このテーマは押さえておくべきだろう。彼女だけが唯一イエスに触れることができ(最後の晩餐で足を洗った)、また触れることを拒否されたということは忘れてはならない。