谷川渥「バロックの本箱」

本書の表紙にあるように、ブンダーカーマーとしてのキャビネットに詰められた博物学的品々を開陳するかのような、バラエティに富んだ作品集。
ドゥルーズの「襞」を中心に据えたバロック論に始まり、古今東西を自在に行き来しながら、批評という物語に辛口に食い込んでゆく。書評の幅も広く、エーコ「開かれた作品」から笠井潔「ヴァンパイアー戦争」まで、はては「美味しんぼ」まであるという始末だ。
安易に使われる「表現」という言葉と、それが言説によって評価される批評空間に鋭く切り込んでゆく。そのさまは総表現時代というよりも、総批評時代という今に対して投げかけられているかのようである。
そして書評のさいに見せつける博覧強記っぷりも見事。吸血鬼小説ひとつをとっても、他のさまざまな作品との関連付けながら語ってゆくので実に立体的で、同時に読書案内にもなる。「美味しんぼ」にいたってはブルデューをつかって批判するなど、もはやネタとしてしか「美味しんぼ」を消費できなくなっている今の我々から見ると実にほほえましいのだけれども、比較的論旨はまとも。
こんなごった煮のような内容でありながらも、最初と最後がガッツリとした美学話でまとまっていて、後味もよい。