三原弟平「カフカ『断食芸人』“わたし”のこと」

なんだかんだ大好きな「理想の教室」シリーズ。テーマはカフカ、しかもメジャーどこではなく「断食芸人」である。
その昔、やっぱカフカぐらい読んどかないと、と思って岩波文庫の「変身」を読んだとき、むしろ一緒に載っていた「断食芸人」の方に衝撃を受けた自分としては、これはたまらない。

「教室」シリーズなので、講義形式になっていて読みやすい。
講義は3章に分かれている。
1章では「断食芸人」を作者や社会状況という外部情報と切り離し、いわゆるテクストとして精読する。
2章ではカフカという人間を通して、1章の普遍的な読みに対して、もっと個別的な読みを行う。
3章では極めて私小説的とも寓話ともとれるカフカの作風を、葛西善蔵の作品と重ねながら読み直すというもの。

「断食芸人」はすべて収録されているので、いきなり本書を読んでも大丈夫だ。
また3章では「不幸になること」という短編に触れていて、これの分析がなかなか面白い。この作品では主人公が幽霊を見るという話なのだが、主人公は以下のようなことを語る。

幽霊が出るのが怖いのではない、そんな怖さはどうでもいい怖さだ、ほんとうに恐ろしいのは、幽霊が出現する原因にたいする恐怖だ

カフカの作品に渦巻くインパクトというのが、たとえば毒虫になってしまったり逮捕されてしまったりするような結果ではなく、その原因に対する不気味さに起因していると喝破している。
極めて短い文章の中に、人間の核に触れるような不気味さ、不安が濃縮されている。そういった根源的な感覚はカフカの作品群をつなげて読むことによって、文様のように浮かび上がってくる。「断食芸人」のテーマが、遺言で作品をすべて焼き払ってくれと頼んだカフカの作風と一致していることは意味深い。カフカという謎にせまる上ではずせない作品であることが再確認できた。

「断食芸人」が収録されているのはこれ。