マルグリット・ユルスナール「ピラネージの黒い脳髄」

ピラネージの「幻想の牢獄」シリーズ、あの恐ろしい地下牢獄はいかなる所から生まれてきた発想なのだろうか……それを歴史を追いながら突き止めてゆくのが本書である。
結論から言えば、それはタイトルの通り、ピラネージの黒い脳髄にある。悠久の昔から人類が抱えていた内なる不吉な世界、誇大妄想の密室、それこそがあの牢獄の正体なのだ。たしかにこの幻想牢獄の黒い血脈はゴシック小説に受け継がれ、二瓶勉のBLAME!に至るまでその眷族を増やし続けている。
ユルスナールの喝破に従うなら、現代こそピラネージの幻想牢獄を理解できる土壌があるというわけだ。

多田智満子による流麗たる訳文もまた、読む者を暗く内なる宇宙に拉致する。美術評論というよりはアルトーの「ヘリオガバルス」のような、詩的なエッセイと言った方がいいだろう。

余談

ピラネージの版画で、同じ図案なのに色味が随分違うものがある。本にするときのフィルムの具合だと思ってたんだけど、どうやらこれは版を重ねたものであるようだ。版を重ねるたびに摩滅して、黒ずんでゆくためだそうである。
本書の巻末には版の違いも載っているので比較されたし。