杉浦康平「アジアの本・文字・デザイン」

主に書籍を手がけるグラフィック・デザイナー杉浦康平とアジアのデザイナーとによる対談集。
本とコンピュータ」に連載されていた対談が収録されているためもあろうか、デジタル技術を意識した発言が多い。コンピュータにおける文字をただのコードとせず、表情のあるひとつの生き物として語り合っている。一線のデザイナーがタイポグラフィ、カリグラフィ、さらにはイモティコン(顔文字)にも注目してブックデザインをしているというのは特に面白かった。

またアジアの思想がどのように文字やデザインに関わってくるか、「和而不同」「斑なす」といったキーワードでもって語られてゆく。漢字、ハングル、シッダム(梵字)の多様性とどう調和してゆくのか、またアジアの文字たちがアルファベット一辺倒のインターネット文化とどう関わってゆくのか、このへんが読み所である。

アルファベットの限界、それはイニシャルをつなげた用語、アクロニムに見られる。HTTP(HyperText Transfer Protocol)とかHTML(HyperText Markup Language)とかである。特にコンピュータの世界はアクロニムだらけなので、もう正直、覚えちゃいられない。しかも業界によって(下手をすると部門によって)、同じアクロニムでも全然違う意味になってしまうのだから、使うときは注意しなくちゃならない。
本書では、アルファベットのアクロニムは単純すぎる、読むということにはショックが必要で、漢字の造語(字)術が活かせればもっと直感的にわかるようになるのに、という指摘がされていた。確かに、これは今まさに直面している重要な問題だろう。

もう一つ興味深かったのは、インドのデザイナー、キルティ・トゥリヴェディが語っているコンピュータを使う上での注意点だ。

コンピュータは未熟なアイディアにもすぐに具体的な形を与えてしまうということがある。

と若いデザイナーたちに注意を促している。特にアジア圏の人々が使う上においては、西洋でモデル化されたアプリケーションに頼るのではなく、培った伝統を上手く活かしていかなくてはならない、というわけだ。

プログラムなんかをいじっていると、文字をコードとしてしか認識しないようになりがちだ。しかし本書を読み終わった後は、アルファベットやアジアの文字たちがただの記号ではなく、生き生きとした表情を見せ始めることだろう。デザイン系の人にはもちろんだが、コンピュータと文字に興味がある人にはぜひ読んでもらいたい本だ。

図案も多いので、見ているだけでも楽しい。

メモ

読んでいて気になったこと。
韓国の前衛詩人、李箱(イー・サン)。タイポグラフィを活用していて韓国のシュヴィッタースといったところ。
中国の芸術家、呂勝中(リュ・ションジョン)。切り紙アートの名手ということだが、255ページに掲載されている切り紙はヤバすぎ!