小沼純一「バッハ『ゴルトベルク変奏曲』世界・音楽・メディア」

ゴルトベルク変奏曲」を意識して聞いたのは、ホフスタッターの「ゲーデルエッシャー・バッハ」を読んだ後だった。そこで書かれていたように、計算され尽くしたテクニカルなメロディーは何度聞いても味わい深いものがある。最近では「時をかける少女」で使われていたりと、人気の衰えない名曲だ。

本書はそんな名曲をバッハの過ごしていた世界観と結びあわせながら、三回の講義形式で解説するという内容である。また本のスタイルも変わっていて、二人の人物による対話形式になっている。慣れるまでは少々読みづらいが、読み進めるうちにその掛け合いが楽しくなってくる。もしかすると「ゴルトベルク変奏曲」の持つ軽快なスタイルを模したのかもしれない。

本書の半分は「ゴルトベルク変奏曲」についてでもバッハ本人の話でもなく、バッハが生きた17世紀後半から18世紀前半にかけてのヨーロッパ世界の説明に費やされている。その範囲も音楽だけでなく、いわゆる歴史的事件から小説や哲学までおよび、フーコーエピステーメーの話なんかもでてくる。こういう背景を理解しておかないと、バッハがこの曲に込めた意味を正確に読み取ることができないということだろう。
音楽的な位置づけはもちろんのこと、バッハがこだわった数学的、数秘術的な構造もわかりやすく説明してある。そこにおいて、音楽はただ弦や空気の振動ではなく、ひとつの壮大な知の試みであったということである。

最後の第三回講義が、いよいよ本番だ。
30番まである変奏をひとつひとつ解説してゆく。楽譜も登場し、大まかな流れだけでなく、細かいフレーズにも言及してゆく。そのため曲を聴きながらでないと、意味が全然わからないだろう。その分、細かく解説しているだけあって、ただ聞いていただけではわからなかった発見ができるにちがいない。

できれば何度か聞いて、身体になじませてから、本書を読むことをオススメする。そして、最後に引用されたベンヤミンの言葉の通り、そこに永遠なるものを感じることができたならば、これに勝る幸福はないだろう。