竹下節子「バロックの聖女」

連日ストップ高を記録していた修道女(シスター)萌えブームも落ち着いてきた昨今、みなさまいかがお過ごしでしょうか?
さて修道女・聖女萌えと言えば当然、ベルニーニ作の聖女テレジアの法悦を想起するのは異論のないところ。
http://www.istanbul-yes-istanbul.co.uk/mysticism/about.htm
本書はそんな法悦状態や悪魔憑きに陥った、バロック時代(主に17世紀)の聖女たちを扱った本である。


カトリックにおいては女性は聖職者にはなれない。なので聖女は修道女の最高位であり、いわばアガリである。そんな聖女の魅力を哲学者のシオランはこう語っている。以下、本書より引用。

一時期のぼくは、ひとりの聖女の名を口にするだけで甘美な思いに満たされた。めくるめくヒステリーや神秘体験や蒼白の女たちを間近に見ることのできる女子修道院の伝記作者たちをどんなにうらやましく思ったことだろう。恍惚に燃え上がることのできる女子修道院の役割、そのすべてのディティールやすべての秘密を想像したものだ。

とまあ、その萌えっぷりを臆面もなく語っている。いわゆる外面の奇跡でなく、彼女たちの内的体験、恍惚、法悦、悪魔憑き、といったものに堪らない何かを感じているわけだ。
こういった体験は、今なら一種の精神病と片づけられてしまうだろう。しかし、フロイト以前は、悪魔に憑かれた、イエス様の祝福に授かったなどと解釈してきた。そしてエクソシストのようにそれを祓い克服するシステムもあった。これらは現代の心理療法よりも、実は効果があるという。
また聖女たちは懺悔と称して、黙祷し続けるという懲罰を自らに与える。こういう現象に一種のマゾヒズム心理を見て取ることは容易であるが、それだけでは片付けられない兆候があることも事実だ。
カトリシズムの神秘というよりは、聖女たち、そしてすべての人間が抱え込む心の神秘が、そこにはあるようだ。

聖女ものなら、ユイスマンスの「腐爛の華」もオススメ。あらゆる病を一人で受け止めた聖女リドヴィナの生涯にもだえること必至。絶版らしいので、図書館でどうぞ。