表現形式としての技法(レーモン・クノー「文体練習」)

たわいのない日常の光景を、99通りの文体で書いた、ただそれだけの作品。ただそれだけ、で済まされないところがレーモン・クノーの上手いところで、実験的作品でありながら充分エンターテイメント性を兼ね備えている。
とにかく面白いので、人に(無理矢理)貸しすぎてボロボロになりかけているくらいだ。

はた迷惑なことだが、変な本を普及・啓蒙することをライフワークにしている。「フィネガンズ・ウェイク」までいくと流石に引かれるが、「文体練習」なら普段は本に触れない人でもOKだ。
誰にでも安心して薦められる数少ない奇書である。
値段が高いのが玉に瑕。造本は素晴らしいので個人的には何の不満もないのだが、こういう本こそ文庫も出してライトユーザをとりこむマーケティング戦略を行って欲しい。

褒めるべきはむしろ訳者だ。ミステリの謎解き篇のように、本編で楽しんだあと、あとがきでもう一度楽しむことができる。「イタリア訛り」が「いんちき関西弁」になっていたりして、訳者曰くフランス語よりも日本語の勉強になったそうである。

ちゃんとした解説は松岡正剛先生にお願いするとして、
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0138.html
レーモン・クノーと実験文学について少し。

このような文体変奏の実験は先例にジョイスの「ユリシーズ」がある。こちらは戯曲調や新聞記事……と様々な手法で書かれた小説だった。最後の章なんて丸々ピリオドもカンマもない!やばすぎる。

そういった実験性を更に尖らせたのがレーモン・クノーと数学者のル・リヨネーとが代表となって結成された「ポテンシャル文学工房」、通称「ウリポ」である。さまざまな数学+文学的手法を開発し発表。「文体練習」はその象徴的な作品だ。
ウリポに関する情報は後回しにするとして、レーモン・クノーのウリポ的作品が少しだけ読める「ブルバキ―数学者達の秘密結社」を紹介しておこう。流石に数学の本だけあって、当時の構造主義ブームとの類似性を指摘している。
ただ問題なのは、特に日本では、数学畑の人は文学がわからず、文学畑の人は数学音痴だったりするので、ウリポの的確な紹介がされないところだろう。

また日本でウリポしてる人とを挙げるなら、やはり筒井康隆だ。
言葉を数えろ(筒井康隆「残像に口紅を」) - モナドの方へ
残像に口紅を」はウリポの代表的手法リポグラムに対する最上のオマージュになっている。

ウリポ周辺は奇書だらけなので、今後もどんどん増築していこうと思っている。

文体練習
文体練習
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レーモン クノー Raymond Queneau 朝比奈 弘治
朝日出版社 (1996/11)
ISBN:4255960291

レーモン・クノーの「ヒルベルトによる文学の原理」が少しだけ載っている。

個人的に好きなのは

  • 哲学的
  • 集合論
  • イギリス人のために

の三本です。