ジョルジュ・ペレック「煙滅」

フランス語で最も多く使われるアルファベットのE(うー)をまったく使わず書かれたノベルが、まさかの邦訳!
胸を膨らませてたものの、まさか翻訳されるとは思ってなかったので、心の底から驚かされた。

邦訳では、仮名の「ある段」をまるまる使わぬアクロバットな荒技を行ってるのだ。それがどれほど困難だったかは想像を超えるが、わずかだけ眺めたのではまったくわからぬナテュラルな文で作られ、ただただ感服。読めば読むほどハラハラする。
またこれは他のペレックの作でもよくある点だが、固有語がたくさん出てくるのも驚かされる。「アルサンボルド(フランス語音)」「スファンクス」などの危なげな部分も散見されるが、そこは限度まで少なくなるよう工夫されてるとのこと。
様々な翻案された文学の模倣・要約がでてくるのも刮目点だろう。ボルヘスの『エル・アレフ』、ボルヘス&カサーレスブストス・ドメック』、レーモン・ルーセルロクス・ソルス』、他は『モベー・デック』、ランボーの『母音(ぼおん)』などが煙滅を施されて、新たな文となって現れる。もはや原文を上回る訳も数多く、中原のポエムを『黒く染まった切なさへ……』などと翻案するところは、邦訳ならではの愉悦だろう。

言葉の煙滅が、描かれる彼らのさだめを占う構造も、なるほどよく考えてある。それが説話を進めるパワーとなる。
後半で「う段」がまったく使わず書かれた文がでてくるところがあるが、そこまで読んだあなたなら必ず笑顔が浮かぶはず。ベストな場面ではなかろうか。
ラストの煙滅する感覚は圧巻で、その後のメタな跋文までくれば、そこまで読んだ苦労が報われた感覚が訪れるだろう。

兎も角、すぐれた業である。
ぶったまげだ。
欠落のある卓抜なカバーを眺めるためだけでもOK。さあ買おう!

余談0

ここでの論文は複線だったのですね。

余談3

レーモン・クノーがレエモン・クノオと訳されてるのはなぜなのだろう……前のでもOKだと思うのだが……