伊藤計劃「虐殺器官」

戦闘ものはあまり得意ではないので躊躇していたのだけれども、インタビュー黒沢清のCUREから影響を受けたと書いてあったので、やはり読まねばならないと手に取った。

脳の機能が局在していて、その機能を制御できる科学力を得た近未来の物語。そこではナノマシンにより倫理観をコントロールし、罪悪感なしに少年兵を射殺できる。これはガザニカの「脳のなかの倫理」のアイデアをうまく使っている。
また本書の執拗なまでの残酷描写、非常な判断、少年少女兵の登場は、読む者の倫理観を激しくゆさぶる。読んでいるなかで湧き起こる複雑な感情が、科学でコントロールできてしまったら……という仮想実験を考えさせる、うまい作りである。

また虐殺文法は、チョムスキー生成文法を背景に置きながらも、ある言語体系を用いる地域を破滅に追いやるという意味では、ベネディクト・アンダーソンの「想像の共同体」を思い起こさせた。しょっぱなから匂い立つ「バベル17」の臭いは、中盤のジョン・ポールの語りと、主人公と母との思い出にうまく組み込まれてゆく。

ネタの出し惜しみをしない伊藤計劃の小説だけに、あらゆるところに意味が隠されているのではないかと疑ってしまう。誰でもない匿名的な名前であるジョン・ポールもしかり。そういえば、世界を壊滅に追いやるキーマンである主人公の名は、クラヴィス=鍵であった。

余談1

中盤のジョン・ポールのまじめな語りで、ときメモネタがでてきたのには壮絶に吹いた。

余談2

最新版では直っているが、第2版まではパプティノコン社になっている模様。正しくはパノプティコンですので注意。
でも、あんま気にならないのは、最近流行のケンブリッジ関数の効果ですかね。