東京都美術館「フェルメール展」

まず最初に書いておく。自分にとってフェルメールは特別好きな画家ではないし、見終わった後もその印象は変わっていない。カメラ・オブスクラを用いたエポックメイカーとしては尊敬しているが、絵の構図や人物の表情などがそれほど好きになれないのだ。
それでもこの企画展に足を運んだのは、フェルメールの微妙な光の具合が、印刷では絶対に再現できないと聞いていたからだ。
会場はかなり混んでいたので、とりあえずすべてをすべてをすっ飛ばしてフェルメールの作品を目指すことにした。
最初にお目見えしたのが「マルタとマリアの家のキリスト」である。それほどフェルメールに愛着がないせいか、これはあまりピンとこなかった。次の「ディアナとニンフたち」は金の皿の照り返しに感動を覚えたものの、そこまで……という印象だった。
そして次の部屋へと移動する、そこで展示されている絵はどれも輝いていた。部屋の照明の具合もあるだろうが、神秘的な光を発しているように見えた。アウラというのはこういうものなのだなというのが実感できた。胸が高鳴り、押さえきれぬ興奮に打ち震えた。
中でも「手紙を書く婦人と召使い」は圧倒的だった。その絵と対峙した瞬間、全身が麻痺した。5分、10分と見るにつれて脳内麻薬に酔っていく手応えを確かに感じた。人物の服飾、机の表面、壁の具合をはじめ、ほとんど真っ黒に塗りつぶされた空間をじっと眺めているだけで快楽に包まれた。この絵だけで累計3〜40分は見ていただろう。この後の予定がなければ、何時間でも見ていたいと思ったほどだ。その心地よさは、まったく説明不可能なものであった。
もしかすると出展とりやめになった「絵画芸術」はもっと凄いのかもしれない。そう思うと残念でならない。
その後、他の作品も鑑賞し、フェルメールとの比較を楽しんだ。技術的な意味での上手さでいうとフェルコリエやウィッテの方が上だと感じたのだけど、フェルメールの絵には何か言葉で表現できないような魅力というか魔力がある。絵自体が好きでもないのに、その前に足を止めたら釘付けになってしまう、これは魔力という意外にないだろう。
かくしてフェルメールを体験した。
言うまでもないことであるが、図録は買わなかった。