マサカド・インパクトを乗り切るための50冊 〜あるいは虹の解体

はじめに〜護法少女ソワカちゃんとの出会い

護法少女ソワカちゃん」との出会いは、日課としているJ・A・シーザータグを巡回してるときであった。最初に見たのは「修羅礼賛」で、4分という短い時間に詰め込まれたネタの濃密さ、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という文学ネタ、「天狗の面工場のアルバイトを思い出す」という卓越したセンスにすっかり打ちのめされてしまった。
しかしそのあまりの濃さ故に、これ自体が何かのパロディであって、その二次創作(初音ミクを使っているから三次創作?)なのではないか?と勝手に思っていた。だって、当時は一話もアップされてないし。
それからOP、EDを見、まとめwikiを見つけ、ソワカちゃんが純然たるオリジナルであると知り、その博識とネタと音楽のセンスに敬服するに至った。
それから信者として活動が始まる。
まずは情報収集だ。2chソワカちゃんスレとmixiのコミュニティはもちろん、テクノラティgoogleブログ検索、yahoo!ブログ検索で「ソワカちゃん」の新着RSSを購読し、ネット上にあるソワカちゃん情報をもれなく受信するように心がけた。
次は布教活動だ。入り浸りとなっているtwitterでは、興味の持ちそうな人を見つけては、とにかく見てみろとプッシュした。リアルでは、呑み会にも結婚式の二次会にもEeePCを持って行き、ところかまわずソワカちゃんを布教した。
その気になれば口から漢字だって出せるぜ……漏れた吐息が南無阿弥陀仏の文字に見えた。

そこで読書案内

そんな信者を通り越して廃人と化しつつある自分が、雑文祭を黙ってやりすごすわけにもいきません。まとめwikiの運営者でもあるSaltyDogさんの提案もあって、ソワカちゃんに関係してそうな本の紹介というかたちにしてみました。おおよそ投稿順に従った内容になっています。これを読めば、まさかのマサカド・インパクトも乗り切れるはず。

本文を書くにあたり、ソワカちゃん疏鈔 - 護法少女ソワカちゃん まとめWikiの注釈を大いに参考にさせていただきました。
またkihirohito氏と読書傾向が完全に同じわけでもなく、かといって自分が読んでない本を勧めるわけにもいかないので、ソワカちゃんにこじつけた私的読書案内だと思っていただければ、と思います。戦略的(ストラテジック)に判断停止(エポケー)していただく感じでお読みください。

正木晃「知の教科書 密教

ソワカちゃんといえばまずは真言密教。この基礎知識を知っているといないでは面白さが段違いだ。最近ではアニメやマンガを始めいろいろなところでネタとして使われているので、どことなく知ってる人も多いだろうけど、必要最低限の知識を得たいという初心者には本書はなかなか良い。密教って何?という素朴な疑問にほぼ答えてくれるし、チベットとの関連性など今日的な問題も書かれている。
またソワカちゃんがしばしば受信する虚空蔵についても、西洋的な伝統とあわせて触れている。
正木晃「知の教科書 密教」 - モナドの方へ

知の教科書 密教 (講談社選書メチエ)

石井義長「阿弥陀空也

汚れちまった三兄弟並にクーヤンラブな方は、まず空也上人の生涯に触れてみるのがいいだろう。本書を読めば、空也上人のすべてを包み込むような愛を知ることができる。ちょっと小憎たらしいところもあるクーヤンも、きっと心は空也上人のような優しさに違いないなどと妄想するとより楽しめるだろう。
また空也上人像が飾ってある六波羅蜜寺には、「護法少女ソワカちゃんOP」のお大師様の像からつっかえ棒まで飾ってあるので、京都へ行かれる人は要チェック。そして空也上人像の前に置いてある「空也上人と語ろうノート」は必見だ。しかしクーヤングッズがろくに売ってないうえに、宿敵である惨痢王のストラップを売っていたりして、ちょっと許せませんね!
石井義長「阿弥陀聖 空也」 - モナドの方へ

阿弥陀聖 空也―念仏を始めた平安僧 (講談社選書メチエ)

二階堂黎人「聖アウスラ修道院の惨劇」

「虚空蔵からのメッセージ」で登場する学園の元ネタ。タイトルを挙げておいてなんだけれども、正直言うとこれを読むなら京極夏彦の「鉄鼠の檻」「絡新婦の理」の方が面白いしタメになると思う。
他の修道院+蘊蓄系のミステリとしてはウンベルト・エーコ薔薇の名前」やジョン・フラー「巡礼たちが消えてゆく」が面白い。

聖アウスラ修道院の惨劇 (講談社文庫) 鉄鼠の檻 (講談社ノベルス) 絡新婦の理 (講談社ノベルス) 薔薇の名前〈上〉 薔薇の名前〈下〉
巡礼たちが消えていく

ルドルフ・オットー「聖なるもの」

「やがて業火に包まれん」で初登場する、謎のキャラ、ヌーメン。どうみてもアレの形をしているものが神性(numen)という名前であるというところが面白い。神性あるいは聖性を畏怖すべき存在として、聖なるもの(ダス・ヌミノーゼ)と定義したのがルドルフ・オットーである。ただし本書は先進的な研究ではあるものの、ちょっと読みづらい。
むしろ聖性の研究としては、ミルチャ・エリアーデ「聖と俗」、ロジェ・カイヨワ「人間と聖なるもの」など読んでみるとよいかもしれない。また聖なるものがグロテスクで不浄なものと繋がってくることに関してはメアリ・ダグラス「汚穢と禁忌」をどうぞ。

聖なるもの (岩波文庫)
聖と俗―宗教的なるものの本質について (叢書・ウニベルシタス)
人間と聖なるもの
汚穢と禁忌

ミルチャ・エリアーデ「ムントゥリャサ通りで」

「LOVE or DYE」の紹介文より。まとめwikiで言及されていなかったので、あえて取り上げてみた。
エリアーデ宗教学者でありながら、すぐれた幻想文学も書いている。「ムントゥリャサ通りで」は代表作のひとつ。老人が、ある事件について語り出すのだが、そのうちに話の筋がどんどんおかしくなっていくという何とも説明のしがたい小説である。難解と言うよりは目眩のするような奇妙さに包まれる、だが魅力的な一冊だ。
ルーマニアからの亡命した知識人として似た境遇の哲学者にE・M・シオラン(代表作「生誕の災厄」「歴史とユートピア」)がいる。

ムントゥリャサ通りで
生誕の災厄
歴史とユートピア

夢野久作ドグラ・マグラ

人気曲のひとつ「香巴拉の門」で、サビのソワカちゃんダンスの愛らしさ、「ドグラ・マグラ」ネタのミスマッチに心をわしづかみにされた人は自分だけではないだろう。今思えば、この曲とこのネタこそが、ソワカちゃんにどはまりするきっかけだった。
夢野久作ドグラ・マグラ」は小栗虫太郎黒死館殺人事件」、中井英夫「虚無への供物」と三冊あわせて日本三大アンチミステリと言われいる。どの作品も一見ミステリの体裁をとっているものの、むしろ幻想的な眩暈に飲み込まれる異様な作風で、読む者を虜にする。
ドグラ・マグラ」は堂々巡りという意味であり、「無限ループって怖くね?」という基調低音の響くなか、通読すると発狂するという都市伝説もある。たしかに延々と続くキチガイ地獄外道祭文は、読んでいるこっちがどうかなりそうになってくるほどだ。ただし物語構造としてはきわめて巧妙に作られており、読み通すだけの価値がある作品だ。
「香巴拉の門」の1シーン、大仏の首がある解放治療場は松本俊夫による映画版からの引用。こちらも上手くエッセンスをまとめているので、小説とあわせて見ておくと吉。
またkihirohito氏が昔作った曲である夢の旧作シリーズの名称も、夢野久作まんまである。

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫) ドグラ・マグラ (下) (角川文庫) ドグラ・マグラ

ニーチェツァラトゥストラはかく語りき

「機械居士かく語りき」のタイトルの元ネタ。
よく必読書などに挙げられる、とりあえず読んでおけ的な本。哲学書なので面倒な内容かと思いきや、非常に愉快な物語仕立てで、深い内容ながらも笑いながら読めてしまう。これがニーチェクオリティ。
「メリークリスマス in お寺」にも少し出てくる有名な「神の死」など重要な概念が目白押しだが、男尊女卑的ないささか行きすぎた内容もたくさん出てくるので、注意は必要だ。
学術的にはアレらしいが、個人的には手塚富雄訳が面白くて好きだ。
神は死んだが、なにか?(ニーチェ「ツァラトゥストラ」) - モナドの方へ

ツァラトゥストラ (中公文庫)

中井英夫「虚無への供物」

メカ沢先生一同が集まるBAR ARABIQが登場するミステリ。原作ではゲイバアである。
アンチ・ミステリという名前が冠された初めての作品で、そのオチには唖然仰天を通り越した複雑な感銘を受けることだろう。ひたすらに蘊蓄をともなう推理がマトリョーシカのように展開されてゆく手法は、竹本健治匣の中の失楽」に受け継がれてゆく。

虚無への供物〈上〉 (講談社文庫) 虚無への供物〈下〉 (講談社文庫) 匣の中の失楽 (講談社ノベルス)

フィリップ・K・ディックヴァリス

「虚空蔵からのメッセージ」ではアカシックレコードと読ませていた虚空蔵が、「機械居士かく語りき」ではVALISとルビが振られる。
宇宙は情報の集合であるという理念は、悟りを開いちゃったディックが書いたSF「ヴァリス」によるものだ。これがまた本当にぶっ飛んだ内容で、メカ沢先生が繰り出すのトンデモ理論と重なるところがあるとも言えるだろう。
P・K・ディック「ヴァリス」 - モナドの方へ
また記憶や情報を取り出す空間として、西洋には記憶術や世界劇場という伝統がある。現在のデータベースの概念の元祖となっているところもあって、一部の人たちには近年注目されている。こちらに関しては、フランセス・イェイツの「記憶術」「世界劇場」を参考のこと。
フランセス・イェイツはヴァールブルク派の学者だ。その始祖アビ・ヴァールブルクの有名な言葉が「神は細部に宿る」であり、これは図像や文献などの細部を緻密に研究する姿勢を表している。もちろん「そんなところに神は宿らない」の元ネタでもある。

ヴァリス (創元推理文庫)
記憶術
世界劇場 (晶文全書)

H・P・ラヴクラフトクトゥルー神話体系」

その手の人の基礎教養であるのが、ラヴクラフトが紡ぎ出したクトゥルー神話体系である。説明が面倒なのでこちらをご覧いただきたい。クトゥルフ神話 - Wikipedia
ソワカちゃんでも、いたるところにクトゥルー神話ネタが顔を出している。今後も使われる可能性が大なので、興味がある人は手を出してみるといいかもしれない。
クトゥルー神話ネタというのは一部の人にとってはイニシエーション的なところがあって、いつの間にか読んでいたという感じなので、どこからお勧めして良いのか結構迷ってしまうが、とりあえず「クトゥルーの呼び声」が収録されているラヴクラフト全集2あたりがいいんじゃないだろうか。(ちなみに自分は「ラヴクラフト 恐怖の宇宙史」から入門しました)
ちなみにCthulhuという言葉が発音困難なため、クトゥルーとかクトゥルフとかクスルーとかク・リトル・リトル(笑)など様々に翻訳される。荒俣宏に敬意を払いつつク・リトル・リトルでオチをつけるのがお約束である。

ラヴクラフト全集 (2) (創元推理文庫 (523‐2))
ラヴクラフト 恐怖の宇宙史 (角川ホラー文庫)

殊能将之黒い仏

それまで割と堅実なミステリを書いてきた殊能将之が、第三作目として提示したのが度を超えたアンフェアなミステリ「黒い仏」だった。本作を受け入れるか否かでファンか否かが分かれるといっても過言ではない、試金石となる一冊。
本作の中でクトゥルー神話に登場する「ネクロノミコン」の漢訳として登場するのが妙法蟲聲經で、この名前と内容はすべて殊能将之の創作である。
殊能将之といえば「ハサミ男」で鮮烈なデビューを飾り、「美濃牛」ではボルヘスの「ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件」にちなんで石動戯作なる探偵を登場させた。「黒い仏」でファンを呆然とさせ、「鏡の中は日曜日」では再びその実力を見せつけた。
「美濃牛」以降の作品では、軽妙だがマニアックな作風で、一部のファンから熱狂的な支持を得ている。キッチュさとアカデミックなネタを同列に扱うという人を食ったところは、ソワカちゃんと共通するものがある。
ソワカちゃん好きな人に是非お勧めしたい作家だ。
どれか一冊を挙げるというなら「鏡の中は日曜日」がオススメ。
ちなみにゲームラボ伊藤剛ソワカちゃんの記事が載ったが、そこでのキャプチャ画像は当然ニコニコ動画のものだった。画面左上のニワニュースの欄に注目すると、そこに表示されているのが「真矢みき結婚正式発表」である。そして殊能将之といえば、真矢みきの大ファンなのだ……なにか黒い陰謀を感じるではないか!?

黒い仏 (講談社文庫) ハサミ男 (講談社文庫) 美濃牛 (講談社文庫) 鏡の中は日曜日 (講談社文庫) ドン・イシドロ・パロディ 六つの難事件

カート・セリグマン「魔法」

kihirohito氏がブログでオカルト系のネタ元として挙げていた本。「南無666」の冒頭で登場する悪魔の図像などは、おそらく本書の引き写しである。
西洋を中心として、古代神話からグノーシス錬金術、ネオプラトニスム、中世魔術、カバラ占星術、秘密結社まで幅広く網羅した事典的な内容。圧縮度が高いので、読むのに苦労するが、一冊でこれだけのことが書いてある本はなかなかない。
ただし古い本であるためか、キルヒャーなどの参考文献をそのまま使っていたりしていて、学術的に怪しいところが多い。キルヒャーなんて半分くらい妄想で書いちゃうような人だしなあ……
本書に関しては、後日ブログでエントリーをもうける予定。

世界教養全集〈20〉魔法―その歴史と正体 (1974年)

アレイスター・クロウリー「法の書」

20世紀では最も有名な魔術師。「法の書」では袋とじ部分があり、そこには「開封後、9ヶ月後にいかなる災害等が生じても責を負いかねます」という扇情的な注意書きが記されていた。
げんを担ぐタイプの人は、古本屋で開封済みのものを購入されると良いだろう。
余談だが「南無666」に登場する黒瓜黒男は、アレイスター・クロウリー間黒男ブラック・ジャック)とアレイスター・クローリー三世(D.Gray-man)が三神合体したキャラクタである。同様に、メカ沢先生も、中沢新一のパロディであるメカ沢新一のパロディという二重のパロディになっている。これを意識的にやっているのだから、きわめて複雑なキャラ造形だ。これにはボードリヤール先生もビックリですよ。

法の書

中沢新一「雪片曲線論」

ソワカちゃんではメカ沢先生でおなじみの、中沢新一宗教学者として有名なんだけれども、個人的に好きな著作は「雪片曲線論」である。
中でもゼビウス論「ゲームフリークはバグと戯れる」はいまだ有効なゲーム論だ。最終的にゲーマーは、ゲームの枠内でなくそれを破壊するような枠組みでプレイするという、一度でもヤリコミをやった人間ならば涙がでてくるような分析が書かれている。
中沢新一の著作というのは、学術的にはどうかわからないんだけれども、魅惑的なことは確かだ。とにかくすべてがファンタジーでも許せてしまう、それくらいのパワーを持っているというのは先生としては重要な要素なんじゃないかと思う。ガチガチの書斎派もカッコイイけれども、ちょびっと私用でチベット修行に行っちゃうバイタリティが欲しいものだ。

雪片曲線論 (中公文庫)

ジョルジュ・バタイユ眼球譚

眼球譚」を読んだことのある者なら、一度はネタにしたことがあるであろう「眼球たん」ではあるが、正々堂々とセーラー服といでたちでヴィジュアル化され公衆の面前に現れたのは初めてかもしれない。
そういう意味で、「コードネームは赤い数珠」を見てキター!と思った一人であったが、まさかレギュラー化されるとは思わなかった。ファンも多いし、元ネタを知らなくても楽しめるところがよかったのだろう。日本にはすでに目玉の親父という人気キャラがいるのだ!
また新訳が「目玉の話」と訳されたことは「眼球たん」ファンを落胆させた。

眼球譚(初稿) (河出文庫) マダム・エドワルダ/目玉の話 (光文社古典新訳文庫)

ホレス・ウォルポール「オトラント城綺譚」

「縨闥婆城奇譚」のタイトルの元ネタであり、元祖ゴシック小説。本書がなければ、もしかしたらゴシック・ロリータ文化もなかったかもしれない。(まあこれはハンス・ベルメールがいなければ「ローゼン・メイデン」もなかったかもみたいな話だが……)
魔術的な力によってカタストロフィを迎えるというパターンは、本書をはじめとして脈々と受け継がれ、ポオ「アッシャー家の崩壊」にまで至る。ゴシック小説のなんたるかを知りたければ、まずは本書を読む必要があるだろう。ゴシック小説の美学的な理論についてはエドマンド・バーク「崇高と美と観念の起原」がよい。
それにしても「眼球たん」がアリなら、「オトラント城綺たん」もアリなんじゃないかと思えてきた。

ゴシック名訳集成西洋伝奇物語―伝奇ノ匣〈7〉 (学研M文庫) 崇高と美の観念の起原 (みすずライブラリー)

小栗虫太郎黒死館殺人事件

グルグルの呪法によって禍々しい城と化した二胡堂寺。玄関を抜けて待ち受けていたのは不気味な三幅の絵と、二基の甲冑武者であった。三つの絵はそれぞれ疫病、刑罰、解剖を意味し、甲冑武者の持つ旗は虐殺を意味する。と探偵役が解釈するところから始まるのが「黒死館殺人事件」である。
千々石ミゲルの子孫でもある降矢木家で次々と起きる殺人事件、発光する死体、怪しげな自動人形、恐ろしい殺人予言、ありとあらゆるガジェットをこれでもかと詰め込んだミステリなのだが……
論理的なミステリを期待していると、なんじゃこりゃ、という悲鳴をあげることになるだろう。黒死館とは最初から最後まで、過剰なまでの衒学趣味と奇怪な文体によって、作者の妄想で作られた異空間なのである。
とりあえず、あらすじを知りたいという人は是非これを!
長門有希の100冊④黒死館殺人事件(入ってないけど) by thanatos その他/動画 - ニコニコ動画
また小森健太朗コミケ殺人事件」では作中作として「黒石館の殺人」というオマージュ作品が登場する。衒学的な会話の応酬はもちろんのこと、入れ替えると虐殺に化けてしまうという例の謎かけも出てきます。

黒死館殺人事件 (河出文庫 お 18-1) コミケ殺人事件 (ハルキ文庫)

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考

がくっぽいど→ガクト→ドクガ→独我論ウィトゲンシュタインという連想から作られたと思われる「噫無常」。しかし、がくっぽいどの発売延期により、やむなくKAITOが採用されるという、まさに噫無情な結果となってしまった。
「噫無常」で引用されているのは「この世界に神秘はない、この世界があることが神秘なのだ」という部分。一番有名なのは「7.語りえぬものについては沈黙しなければならない」という最後の一節だ。
しかし、この一節だけカッコつけて覚えていると、「えーマジ、キモーイ!沈黙がゆるされるのは前期ウィトゲンシュタインまでだよねー」ということになりかねないので、後期ウィトゲンシュタインとして「哲学探究」くらいは併せて読んでおきましょう。
まったく関係ないけど、噫無情と聞くと泉昌之「ARM JOE」(「かっこいいスキヤキ」収録)というマンガを思い出す。

論理哲学論考 (岩波文庫) かっこいいスキヤキ (扶桑社文庫)

アントナン・アルトーヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト

ヘリオガバルスはローマ史上で最も伝統から逸脱した皇帝として知られている。小波旬が自称するのはヘリオガバルス二世、設定的に受け継がれているところは女装癖があったりするところだろうか……
このアルトーによるあまりに詩的な歴史小説は、そのコッテリとした文体といい、小説と言うよりは完全に詩である。なのでヘリオガバルスの話を物語として楽しみたい方は、澁澤龍彦「陽物神譚」(「澁澤龍彦初期小説集」収録)がよいだろう。
アントナン・アルトー「ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト」 - モナドの方へ

ヘリオガバルスまたは戴冠せるアナーキスト (アントナン・アルトー著作集) 澁澤龍彦初期小説集 (河出文庫)

エドガー・アラン・ポオ「大鴉」

「噫無常」では、捲土重来の雌雄を卜した結果、鴉は答えり「またとなけめ」となる。これは日夏耿之介訳によるポオ「大鴉」の一節である。
「大鴉」はNevermoreのリフレインが美しいということで評判になった。面白いことに、その後、ポオは「構成の原理」という著作で、「大鴉」をどのようにして書いたのかというネタ晴らしをしている。それが論理的で大変面白いのだが、同時に「そんなわけないだろ!」と突っ込みたくもなる。
どこまで本気かは別として、インスピレーションから生まれたように思われる詩を、このように構造的に分析するというのは後の構造主義批評にも通じるところがある。ポオはあらゆることいおいて先駆けとなる仕事をしている奇才なのだ。
アルス・ポエティカ(E・A・ポオ「詩と詩論」) - モナドの方へ
またポオの翻訳も含め、日夏耿之介の詩の文体と噫無常の歌詞を比較すると面白い。ちなみに日本現代文学全集の北原白秋三木露風日夏耿之介集というのが狙い目で、ブックオフなどで投げ売られているので探してみるとよいだろう。

ポオ詩と詩論 (創元推理文庫 522-5)
日本現代文学全集〈第38〉北原白秋・三木露風・日夏耿之介集 (1963年)

ソワカちゃんマインドを感じる本 その1 ローレンス・スターン「トリストラム・シャンディ」

特に絡みはないんだけれども、ソワカちゃんマインドを感じる作品を二つ挙げてみたい。(というか個人的な好みです、ごめんなさい)
小説(ノヴェル)というジャンルが確立したのが18世紀前半、それからわずか半世紀後に登場したのがアンチ・ノヴェルとでも言うべきローレンス・スターン「トリストラム・シャンディ」である。
この小説のコンセプトは脱線だ。まず主人公トリストラム・シャンディが自分の生い立ちについて話し始めるのだが、これがいつまで経っても生まれない。まず出産に立ち会った産婆さんの話になり、その産婆さんが通っていた教会の話になりと……脱線に続く脱線で、生まれるのは全体の半分を過ぎてからである。
その後も脱線具合をグラフ化してみたり、一面塗りつぶした真っ黒いページがでてきたり、その逆に真っ白いページがでてきたり、しまいには大理石のページがでてきて「頭を冷やせ!」と言われる。
小説というのは新奇なるものという意味もあり、ある意味ではあらゆるジャンルを飲み込む包容力を持っている。こんなむちゃくちゃをやっても小説は小説なのだ。
ソワカちゃんも、こんなアニメありかよ!という意味ではアンチ・アニメーションと言える作品なのかもしれない。これからも、新たなる驚きを期待して「トリストラム・シャンディ」を紹介してみた。

トリストラム・シャンディ 上 (1) (岩波文庫 赤 212-1)
トリストラム・シャンディ 中 (2) (岩波文庫 赤 212-2)
トリストラム・シャンディ 下  岩波文庫 赤 212-3

ソワカちゃんマインドを感じる本 その2 濱岡稔「さよならゲーム」

ソワカちゃんの特徴のひとつがアマチュアリズムの美学だ。対価をいただくような、あるいはスポンサーがつくような作品として、こういったアニメは登場しにくかっただろう。kihirohito氏がひとりで練り上げているところに、ネタの濃度が維持されているところがある。そこにしびれるあこがれるなわけだが、このマインドに通じる小説が存在する。
それが濱岡稔「さよならゲーム」で、自費出版の小説であるがゆえに驚くべき濃密な世界を作り上げている。
冒頭から「トリストラム・シャンディ」そして内田善美の「草迷宮」が引用される。これだけでニヤリとさせあれる人も少なくないだろう。ジャンルとしてはミステリで、ある殺人事件を追う形になっている。しかしメインとなるのは犯人と目される人物による蘊蓄トークであって、これがすこぶる楽しい。そうして読み終えた果てには、壮大な文学的実験と、美しい描写が待ち受けている。
また付録として、作中に登場する架空のアイドルグループ、メガネっ娘三人組によるメガネっ娘クラブの楽譜まで載っている徹底ぶりだ。ひっかかるものを感じた人は、ぜひ入手していただきたい。
濱岡稔は他にも作品を発表しているが、やはり「さよならゲーム」を推したい。

さよならゲーム A‐side さよならゲーム B‐side

番外編

……POISONな世の中なので、虚空蔵(テアトルム・ムンディ)から受け取った書籍のタイトルだけでも……

重力の虹 重力と恩寵  エントロピー サマー・アポカリプス


おわりに

軽めに書こうと思ったのに、これだけの量になってしまいました。ちゃんと元ネタを精査し、文献案内を作ったら余裕で本一冊くらいになりそうな勢いです。途中からアルコールを摂取しながら書いたので、無駄にハイテンションな文体に……
あれ、あの本がないよ?というのは、まだ読んでないということです。現在「はじまりのレーニン」を読書中、「万延元年のフットボール」を積んでいます。まだまだ修行が足りません。

思えば「波浪!!ソワカちゃん花まつり」のサビでもある般若心経のラスト、波羅僧羯諦菩提薩婆訶は、本ブログのキャッチコピー「できるだけ遠くへ……」にも通じるところがあったりなかったりします。まとめwikiなどをチェックしつつソワカちゃん関係の本を追っているだけでも、思えば遠くにきたものだという感慨に浸れることでしょう。

それではソワカちゃんを通じて、楽しい読書ライフを! この想いあなたにと〜どけ〜☆