アントナン・アルトー「ヘリオガバルス または戴冠せるアナーキスト」

詩人によって書かれた、放埒なる王子ヘリオガバルス年代記
その魔術めいた文章は、もはやタイプライターでもって正確に記述された歴史というのではなく、鵞ペンでもって綴られた呪文のようである。特徴的な一節を取り上げてみよう。

ひろげた二つの腿の中央に腹部が楔のように入り込む時、腿の形づくる逆三角形は、不吉な空間にエレボスのうすぐらい円錐体を再現する。そして月の月経をむさぼる者に手を借す太陽的陽物像の崇拝者はその不吉な空間に己が興奮をそそぎこむ

全般的にこんな感じなのだ。そんなわけなので史実にこだわってもしかたがない。
逆に言えばローマ帝国ヘリオガバルスもよくわからないという人にとっても、ひとつの詩的幻想としての物語として楽しむことができるだろう。もはや背景など忘れてしまって、言語錬金術にまで磨き上げられたアルトーの筆致を、そして見事な訳文が醸す香りを味わえばよいだろう。


もうちょっと小説っぽいのが読みたい人は澁澤龍彦の陽物神譚がお勧め。「澁澤龍彦初期小説集」に収録されている。