前田愛「文学テクスト入門」

前田愛と聞いて誰が思い浮かぶかでお里が知れるでおなじみの人。
国文学者というバイアスもあってなのか、とても昔の人だと思いこんでいたので、デリダとかでてきて最初は驚いてしまった。

本書は前田愛の残された文章をまとめた一冊だ。最初は固い内容なのかなと思って身構えていたんだけど、ふたを開ければ、ときには口語体とても読みやすく、またキャッチコピーについての考察を交えたりなどしていて身近で分かりやすい内容だった。
素材として使われているのは漱石、鴎外、芥川といった日本文学なんだけど、それらを当時最新のテクスト理論を用いて分析を試みている。また小説とはなにか、といった素朴な疑問を、理論を利用しつつも、日本という立場を踏まえた上で冷静に考えているところが面白い。
たとえば海外の小説では主人公の名前がタイトルになることは多いのに、日本の小説ではそれが少ないだとか、風変わりな切り口で文学テクスト理論の話を進めてゆく。
他にもイーザーの言う「テクストの空白」を、日本人にとってはおなじみの概念「間」に翻訳して説明してくれたりと、目から鱗の解説が盛りだくさんだ。

最後の章は物語理論について言及していて、ストーリーとプロットの違いなど興味深い話が展開される。しかし未完のまま終わっていて、大変残念だ。

文学テクスト「入門」と言っても、入門書かと問われると微妙だ。ただ日本文学をそれなりに読み込んでいる人なら、題材が親しみやすいだけに理解も難しくないはずだ。
こういう方向性の本がもっと書かれてゆけば日本文学研究はもっと面白くなるだろう。若くして亡くなったのが悔やまれる。

余談

顔が久生十蘭に似てる。50代で亡くなっているところも同じだ。
最初は前田愛の顔写真もweb上で探そうと思ったんだけど、あまりにノイズが多すぎる重労働なのであきらめた。仕方なく写真に撮りました。
上が久生十蘭、下が前田愛