上野修「スピノザの世界」
平易で、それでいて奥の深いスピノザの入門書。スピノザに関しては面倒な解説書はそれなりにあったけど、とっつきやすいのはなかった。そんな薄闇に一筋の光となる良書である。
そもそもスピノザのやり方は、わかりやすさではなく精密さ、そして明晰さを目的としている。エチカにおいて数学証明の手法が使われているのはそのためだ。
たしかにエチカは精密すぎる故に分かりづらい。ひとつひとつの証明をちゃんと追っていかないと、途中でなぜこうなるのか分からなくなる。しかしスピノザはこの恐ろしく複雑な証明をやってのけた。これは最初から意図されたことなのか?それとも書き進めるうちに発見していったことなのか?
著者もそのことを念頭に置きながらエチカの解説を進めてゆく。つまりエチカを壮大な思考実験として捉え、その結果、神とは(あるいは世界とは)なんなのかを検討してゆく。その中で登場する定理の相関図などが、論議に花を添えている。
個人的には、スピノザは神をカントールの非可算無限集合のようなものだ、という天啓を得て、それを主軸にエチカを書いたのではないか?と妄想している。そんな自分の意見とは少々異なるのだが、本書での説明の仕方もなるほど刺激的だ。
そんな数学的で、機械的な手法は当然、自由意志などという曖昧なものと同居はできない。それが冷徹な運命論ではなく、愛のある倫理へと結実してゆくところがスピノザの素晴らしいところだ。さらには人知と神への愛が同一のものであるところに至って、エチカはクライマックスに達する。
本書を読んで、エチカを読んでいたときの一種独特な高揚感を思い出した。世界の認識が猛烈に変化してゆく、あの感じだ。未読の人は、いきなりエチカはしんどいとも思うので、本書で慣らしてから是非挑んでみてほしい。世界が光で満ちている感じが体験できるはずだ。
余談1
エチカの翻訳として、こんなものもある。面白い試みだ。
→http://www.annie.ne.jp/~hachi/ethica/ethica.html