マーシャル・マクルーハン「グーテンベルクの銀河系」

「声の文化と文字の文化」を座右の書にあげておきながら、マクルーハン聖典を押さえていないのはどうかと思い、一念発起してこの大冊に挑んだ。
一言、タイトルにいつわりなし、まさに歯車的メディア論の小宇宙!
要するに、グーテンベルクによる活版印刷技術が人類にいかなるインパクトをもたらしたのかを、文学はいうに及ばず、文化体系、思想信条、病理、精神構造といった面へのあらゆる影響を網羅した百科全書になっているのだ。そのため文学を中心に語っているオングの「声の文化と文字の文化」を包含した形で、さらなる巨大な輪を形成しているといえる。

音声文化から文字文化へと移行する中で、たとえば音読から黙読になっただとか、書くことが記憶することに置換されるようになっていったということが語られる。これはオングの本でもあった通りだ。だが、そこは銀河系、そこから更なる拡がりを見せる。たとえば文字使用により、人はみな精神分裂病となったなど、驚くべき発想が次々と展開されてゆくのだ。文字の定着、記号のヴィジュアル化によって計算速度がアップしたとか、近代国家の形成がなされたとか、無意識が誕生したとか、ありとあらゆる事象が網羅されてゆく。
引用される参考文献の質・量・領域もすさまじくて、このリストだけでもまさに20世紀の知の結集と言っても過言ではないだろう。

こうしてグーテンベルクの銀河系の枠組みが綴られてゆくわけだが、その崩壊についても言及している。それは電信の発明のよって始まる。つまり音声が電波によって遠隔地に運べるようになったことが、文字中心の視覚文化に終わりを告げたというのだ。
まさにTVの伝道師たるマクルーハンの面目躍如というところだが、さすがにインターネットの誕生によってに文字文化への揺り戻しがきている現状についてまでは当然のことながら語っていない。今の時代に生きていないことが悔やまれるばかりだが、この流れを受けた気鋭のメディア論者もいるようなので、そちらに期待したいところだ。

それにしてもマクルーハンの書き方というのは非常に独特で、へんてこなレトリックを好んで使うため、普通に書いてくれれば簡単にわかることなのに、無駄に教養を要求されるところがある。また、その主張の根底を簡単に理解しておいてからの方が、レトリックの迷宮に迷い込まずに済むと思われるので、マーシャル・マクルーハン他「マクルーハン理論」 - モナドの方へなどを先に読んでおくのが無難だ。
文学的な素養としては、シェイクスピアジョイス(特にフィネガンズ・ウェイク)、ブレイクあたりへの理解が要求される。こちらも多少の心構えが必要だ。

ちなみに本書は高名でエポックメイキングな本であるにもかかわらずバリバリの絶版。こんな重要な本が極めて手には入りづらい状況というのは本当に文化の危機である。こういう本には読みたいときに、いつでも触れられる環境を作っておく必要があるだろう。

と書いてしまったんだけど、全然、絶版じゃなかった。
これはグーテンベルをグーテンベルとして検索していたのが原因。みなさんも図書館等で検索するときは気をつけてください。
id:takai_naotoさん、ご指摘ありがとうございました。

余談

総じて、monado niteで語っていることとかなりかぶっていた。自分えらい。