小宮正安「愉悦の蒐集 ヴンダーカンマーの謎」

ヴンダーカンマー、驚異の部屋。十五世紀から十八世紀にかけて、貴族の間で大流行した珍奇なるモノを集めて作った趣味の部屋のことである。
これまで、この手の本は大手出版社から発売されることはなく、直接行って見ないかぎりはその実態がなかなかつかめない状況であった。そういう意味では本書は画期的で、他ではお目にかかれない本邦初公開の写真の数々が圧倒的ヴィジュアルで迫ってくる。これで1000円ぽっきりというのだから、これで買わないなんてどうかしている。
読まなくたって、眺めているだけでもヨーロッパのひとつの深部を覗き見ることができるだろう。

あえてケチをつけるならば、その文章量の少なさ故か、あまりにもおおざっぱすぎると言うことくらいだろうか。当時の人々の宇宙観だとか、調和の世界だとか、マクロコスモスとミクロコスモスとの対応だとかいったことの掘り下げが不十分だ。ここから先が面白いのに!というところで次へ行ってしまう感じ。
実際、ひとつひとつの細かい背景を点検していったらこの何倍何十倍の分量が必要になってしまうだろうから難しいんだけど、それならそれで、参考文献をもっと充実させて欲しかった。特に日本語の文献が少なすぎる。

本書で言及されている世界観というのは、ネオプラトニスムやルネサンス魔術など、西洋思想の根幹に横たわっている問題と関係してくるんだけど、ひとつひとつのテーマだけで本何冊も必要となる。だからそれぞれを追っていけば大変面白い世界が広がっているわけだ。

個人的に一番惜しいと思ったのは、ケプラー幾何学宇宙モデルの説明だ。本書の説明でケプラーがどのような宇宙観を持っていたのかを想像するのは難しいだろう。ここでこそヴィジュアルの力、そのものを見せてしまえばいいのに、その図がない。大変残念である。

それでもなんとか本書を手がかりに、ヴンダーカンマーの、その部屋の奥へと足を踏み入れていただきたい。
参考文献として掲げられているなかでは「グロテスクの部屋」「キルヒャーの世界図鑑」「綺想の帝国」あたり。明記はしていないけれども重要なところで言えば、澁澤龍彦バルトルシャイティス。あるいは高山宏、バーバラ・スタフォード、フランセス・イエイツ、アンドレ・シャステル等々。

ヴンダーカンマーを入り口にヨーロッパの裏街道を読み解いてゆくというのは、大変エキサイティングな行為のはずだ。