スラヴォイ・ジジェク「斜めから見る」

ラカンの理論といえば難解で知られている。それを映画や小説を通じて、わかりやすく入門しましょうというのが本書の趣旨だ。

本書は、まず理論ありきで、その理論の説明をするために映画や小説などで例証しましょう、という内容ではない。映画や小説を斜めから見たときに現れる、これってなんだろう?と思わせる不思議な様相を、実はこれはラカンの理論でいうとこうなんだよ、とわかりやすく導入してくれのである。つまり映画や小説などのあらすじが紹介され、それをフムフムと理解しているうちに、難解と言われるラカン理論(現実界象徴界想像界、対象αやら)を理解できちゃう優れものなのだ。

といっても後半は理論を構造的に説明している部分もあり、やはり難しい。またラカンの基本的なテーゼ「フロイトに帰れ」を基調に置いているので、フロイトの理解も多少は必要になってくる。

さてタイトルの「斜めから見る」というのは、作品にゆがんで書かれた対象を見るとき、こちらも斜めから見なければ、その像を読み取ることができないということだ。しかし、斜めから見てしまうことにより、またひとつの崩壊が起きてしまう。まだそこにアナモルフォーズ的な遅延がある場合はいいのだが、「物自体」に性急に接近してしまうと、逆に追い求めていた物を失ってしまう。この現象に関してハードコア・ポルノを例にとりあげるところが、また面白いところだ。
ちなみにシェイクスピアを例にとったりしているんだけど、シェイクスピアに関していうなら蒲池美鶴の「シェイクスピアアナモルフォーズ」が詳しい。

本書で危険なのが、あらすじを紹介しているだけに、その作品のネタバレを思い切りしてしまっているところ。みなが内容を知っているような有名な話が多いので、特に問題はないと思うものの、ネタバレを毛嫌いする人は注意が必要だ。

シェイクスピアのすごさがわかる一冊。非常に面白い。

余談

鈴木晶の翻訳は流麗で読みやすいんだけれど、一点だけ気になった。ロメロの映画を「生ける死者たちの夜」と書いちゃうのはちょっと不親切。こういうのは流通している名前「ナイト・オブ・ザ・リビングデッド」にしていただきたい。
まあ索引には原題がちゃんと載っているので、それほど問題はないんだけれども。