マリーア・ベッテッティーニ「物語 嘘の歴史」

ちょっと分かりにくいタイトルなので、何の本なのか理解しずらい。要するに嘘に関しての歴史であり、嘘の文化史とでも言えば通りがよいだろう。

まず嘘とは何かというところから始まるのだが、この定義が実に難しい。
嘘は論理学でいうところの偽とは違う。心の中の真実と異なることを言うことが嘘である。そして人間の考えは常に不完全であるから、嘘をついたつもりが実は本当だったなんてことがよく起こってしまう。嘘=偽になるためには、神のようにあらゆる事象の真偽を判定できなくてはならないのである。

また本当のことだけを言ったからと言って、嘘をついていないということには必ずしもならない。意図的に説明を省くことで、偽りの情報を伝えることは可能だ。たとえばミステリの叙述トリックなど。
では、すべてを正確に述べなくては嘘になってしまうのだろうか? しかし、すべてを正確に記述することなど不可能だ。本当に細かくやっていたら、状況説明だけで会話が終わってしまう。
コミュニケーションは、説明を端折ることで、場合によっては嘘さえ使うことで、はじめて円滑になるものなのである。
それだけに嘘の分析は面白い。たとえば嘘をつける人工知能をどうやれば作れるのかを考えるのは良い思考実験になるだろう。

本書では悪意を持った嘘と、有用な嘘という切り口がひとつのテーマにもなっている。
たとえば科学の仮説などは有用な嘘である。相対性理論量子論、などパラダイムシフトを起こしたような理論は、当初は誰もが受け入れがたい説だった。当時の常識からすれば嘘そのものである。しかし、それらは今となってはひとつの常識だ。
フランシス・ベーコンは語っている。
「嘘を言いたまえ、そうすれば真理が見つかるだろう。虚偽こそは真実を見出すための最良の道であるかのようだ」
もちろん科学は仮説であって、実際の真実とは違う可能性が残っている。だが現行の真理に目をくらませられ、嘘もつけないようでは先へは進めないのだ。

物語嘘の歴史―オデュッセウスからピノッキオまで
マリーア・ベッテッティーニ 谷口 伊兵衛 ジョバンニ・ピアッザ
而立書房 (2007/03)
ISBN:4880593354