ヴィクトル・ペレーヴィン「恐怖の兜」

サスペンスと思わせておいて奇書。かなりのくせ者である。
面倒なので、粗筋はAmazonからの孫引き。

「いったい、ここは、どこなんだ!?」彼らは孤独に、それぞれ目覚める。そこは小さな部屋、あるのはベッドとパソコンだけ。居場所を把握するため、仲間探しのチャットが始まる。呼びかけに応じたのは、男女八人。どうやら自分たちが迷い込んだのは、「恐怖の兜」をかぶった巨人の世界らしい。その正体は、牛の頭をもつ怪物ミノタウロス。そう、つまりこの奇妙奇怪な世界は、ミノタウロスの迷宮なのだ。そして彼らは救出の時を待つ。ミノタウロスを退治した、英雄テセウスを。しかしその脱出劇には…驚愕の結末が。

この紹介文を読んだだけ食いつきたくなる人もいるだろう。興味をそそられる設定だ。
続けるなら、チャットはAjaxよろしくキーを叩いた瞬間に書き込まれるというもので、それぞれ強制的にハンドルネームがつけられていてる。しかも本名の情報のような肝心なことを書こうとすると、即座にxxxに変換されてしまう。どうやら検閲されているらしいのだ。
さらには部屋の外には、各人それぞれ奇妙な世界が広がっているのである。

ここまで聞いて、男女8人が協力していかに脱出するかを考えるCUBEみたいなサスペンスを想像してしまうとはずされる。
一方に迷宮や脱出という神話的なテーマを置きながら、SFとも言えるようなガジェットをも含む非常に観念的で知的なストーリーになってゆくのである。

まず、冒頭にボルヘスを引用しているあたりからしてキてる。そしてストーリーは男女8人はチャットのログだけからなる会話調なのだ。
しかも各人のハンドルネームからしても「オルガニズム(^O^)」「ロミオとコイーバ」「ナッツ・クラッカー」「モンストラダムス」「アドリアネ」「サルトリスト」「ウグリ666」「イゾルデ」と、いかにもそれっぽい二重三重に含みのありそうな名前ばかり。実際その通りで、この名前の理由も後半に明らかになる。大々的に書いてあるので、パラパラ飛ばし読みしないように!
外見描写はほとんどないが、皆が皆、名前の通りの濃いキャラ設定なので、哲学的な内容になる場面でも楽しんで読むことができる。サルトリストなんかは登場早々、二日酔いで吐きそうになっている。
また「恐怖の兜」というデュシャンの「大ガラス」のような「独身者の機械」の設定も面白い。

後半は、夢と現、SFと神話がいりまじり、観念的な内容にってくるので読む人を選ぶだろう。それだけに好きな人には、たまらない小説であるとも言える。
自分としては、こんな小説が読みたかったんだ!という内容であったので、他のペレーヴィンの著作も読もうと思う。

余談

序盤に、ラオコーンの像みたいなものの説明で「日本の動画のような」という表現がでてくる。そのあとすぐにわかることなんだけど、これ触手モノのアニメのことなのだ。
モンストラダムス氏の分析によると、触手モノのアニメのモチーフは、日本が戦後にかかえた抑圧されたフラストレーションを反映していて、アニメで犯される少女は日本の民族精神を象徴し、触手(を放っている悪魔)は西洋の現代企業経済を象徴しているとのこと。
巽孝之他「人造美女は可能か?」 - モナドの方への立仙順朗のマラルメ論を思い出したよ。

余談2

著者近影もヤバイ。どう見ても吸ってる葉巻がでかすぎます。まるで焼き芋を食べてるみたい。
この人、人気作家なのにメッタに人前にでないらしく、たまに現れてもサングラスをはずそうとしない。「サングラスをはずしてください」と挑発されると、即座に「その前にあなたがズボンを脱いでください」と応酬したそうだ。