デイヴィッド・ロッジ「小説の技巧」

文学理論の教授にして小説家でもあるデイヴィッド・ロッジによる小説技巧の理論書。批評理論の本というと面倒に見えるが、そんなことはなく、すんなりと読める本である。ロッジ本人の文章の上手さと訳者の巧みさが相まって、一種の洒脱なエッセイとして読むこともできる。

「書き出し」という一般的なテーマから「間テクスト性」「信用できない語り手」のような専門的なテーマまで、50のポイントを解説していて、一通りの用語・問題点がわかる。ひとつひとつに対して適切な引用があるので、これくらい知ってるぜ、という強者の人にも復習がてらに丁度良い。

批評理論のひとつの問題は、これを知ってることによって本当に読み書き能力が向上するのか? という問題だ。
読者としてみれば、こういう知識を得ることによって、極めて技巧的な作品(ユリシーズとか)をより楽しむことができるというメリットがある。また、これまで読んできた作品を分類したり、自在に繋げたり、というような楽しみもあるだろう。
作者としてみると、こういう知識を押さえておくことによって一歩上の視点から小説を書くことができるというメリットがあげられるだろうか。たとえば本書の「ティーンエイジ・スカース」という項目は、「ライ麦畑でつかまえて」における十代のしゃべりをそのまま文章にしてしまう方法である。まあ今となっては、あたりまえに使われているものだが、自然に見るのでなく批評的に見ることで新たな視点を得ることができるはずだ。
もちろん、これだけ小説が溢れている今、知っていなければ使えないという技巧は存在しない。ただ技巧に対して意識的でないと、応用も利かないし、恥ずかしい使い方をしてしまうこともあるだろう。

個人的には、こういう知識をちゃんと知った上で書かれた小説をもっと読みたい。日本にはそういう人があまりに少ないような気がするので。