アリス・W・フラハティ「書きたがる脳」

書きだしたら止まらない「ハイパーグラフィア」*1
書きたいのに書けない「ライターズ・ブロック」
自らこの両方の症状に苦しんだ著者が、脳科学と人文科学の両面から人間の書きたがる脳の秘密に迫ってゆく。

ちょっと読み始めるとすぐにわかるとおり、誰もがこの病を潜在的に抱えている。もちろん作家になるとハイパーグラフィアの傾向が顕著になるし、その反動とも言えるライターズ・ブロックも激しい。

ロマン派の詩人達はライターズ・ブロックそのものを詩にすることで立ち向かった。偉大な作家達は、ハイパーグラフィアであると共に、強烈なライターズ・ブロックに悩まされていた。イェール学派四天王の一人、批評家のハロルド・ブルームは「遅れてきた詩人」「ストロングな読み」といったキーワードでこういった問題に言及したが、本書ではそういった理論を批判的に引用しながら、現代科学の研究とすりあわせてゆく。

そういう特殊なケースだけでなく、誰しもが親しみのある関心事項も忘れていない。後半は脳の部位と関連づけながら、さらに深層へと迫ってゆく。カフェインや睡眠、メンタルコンディションと創造的作業との因果関係といったことから、読み書きの行為に関わるさまざまな脳障害、奇妙な症候群が紹介される。ブローカ失語症とウェルニッケ失語症の実例がでてくるが、これがまさしくベケットベケット失語症との関係は指摘されていることだが、実例を目の当たりにすると脳の不思議さと不気味さが味わえる。
また文字の表意と表音も、習得と失語に関係しているということがわかっている。日本語は表意文字表音文字が同居しているので失語症になりにくいのだそうだ。

というわけなので、脳科学に興味がある人はもちろん、文学や批評理論が気になる人、そしてブロガーを含むハイパーグラフィア、ライターズ・ブロックに悩まされている人も一読して損はない内容である。

余談

表紙の拡大画像を見てもらうとわかるのだが、作者よりも、訳者よりも、解説の茂木健一郎の名前が一番デカイ。背表紙も同様。
この方が売れるだろうという出版社の判断だろうけど、いくらなんでも可哀想だよ。

余談2

ハロルド・ブルームは失楽園をさかさまに暗唱できたらしい。

*1:高山宏風に言えば「カッコエーテス・スクリベンディ」