「水声通信 no.6(2006年4月号) 特集ジョルジュ・ペレック」
キタコレ。ついに来た。ジョルジュ・ペレック特集ですよ。
これを買わなきゃ何を買うってなもんですよ。
ペレックといえば、ポテンシャル文学工房ウリポの代表選手である。
代表作はフランス語にもかかわらずEを一回も使わない長編小説「失踪」(当然未訳)。その逆に母音はEしか使わない「戻ってきた女たち」というのも書いている。もうひとつの代表作は、あるアパルトマンをぶったぎり、その断面からおびただしい登場人物の人生を描きながらも、引用とゲームのルールに拘束されまくった実験小説「人生使用法」だ。
今回は特に「失踪」に関する話題が多く、世界的評価は高いのにアルファベットの壁に阻まれて日本では正当に評価されていないペレックの現在的評価をうかがうことができる。
目次は以下の通り。
- ジョルジュ・ペレック スティルライフ/スタイルリーフ
- ジョルジュ・ペレック 家出の道筋
- ジョルジュ・ペレック 何に着目すべきか?
- 松島征 小さな絵解き五十音詩
- 酒詰治男 ジョルジュ・ペレック、この十余年……
- ミカエル・フランキー・フェリエ 星になったペレック
- 松島征 〈ウリポ〉とペレック
- 原野葉子 文学空間のn次元を探索する
- 湯沢英彦 経験の廃墟に
- 宮川明子 空間と補填
- オクヤナオミ 暗黒の方陣
- 若島正 ジョルジュ・ペレックの真実の生涯、あるいはXの悲劇
- 春日武彦 多孔質の本、孔そのものの本
- 宮下誠 表象の地獄 あるいは無限に自己参照するユートピア
- 塩塚秀一郎 文字落とし小説『失踪』を翻訳するとはいかなる企てなのか?
ペレックの短編も3つ載っているが、「風と薔薇」に載っていた「冬の旅」に比べるとちょっと物足りない感じ。でもペレックらしさはでている。
ジョルジュ・ペレック スティルライフ/スタイルリーフ
ジョルジュ・ペレック 家出の道筋
自伝的な家出の思い出を、精密な物質描写からあぶり出す試み。ペレックにおける記憶とは、彼自身の周囲になにげなくある物質から構築されていることを示している。
ジョルジュ・ペレック 何に着目すべきか?
前二つの短編の創作法とでもいうべきだろうか。身近にあるモノを観察せよ!ということ。
酒詰治男 ジョルジュ・ペレック、この十余年……
「人生使用法」の翻訳者による、ペレックの生涯、作品。そして昨今の批評、周辺作家、翻訳の状況。これを一読すればとりあえずペレックをおさえられる。日本にも造詣が深く、囲碁や短歌、枕草子、についての言及があるとのこと。
ボルヘスはチェス、ジョイスは将棋のようだと(たしか)柳瀬尚紀が書いていた。そうするとシンプルな規則で恐るべき言語空間を生み出すペレックは囲碁にあたるだろう。事実ペレックは囲碁をフランスに広めた第一人者でもある。
ミカエル・フランキー・フェリエ 星になったペレック
ペレックの国際的評価はこんなにも高いんだ!という話。ポール・オースターなんかもペレックから大きな影響を受けているそうで。あと、さりげなくブログ批判。
松島征 〈ウリポ〉とペレック
ペレックは自称97%はウリポに依拠していると語ったという。ウリポにおけるペレックの位置づけを、その実験的書法から探る。特にレーモン・クノーとの対比に注意。97%という微妙な数字もたまらない。
そしてウリポにおいては「偶然などない!」のです。
原野葉子 文学空間のn次元を探索する
ウリポの母体がジャリのコレージュ・ド・パタフィジックであることから、パタフィジック(高山宏流に言うなら形而超学)なゲームの規則とクリナメン(極小偏差)をキーワードに、ウリポ的な読む/書くを探索する試み。
宮川明子 空間と補填
ペレックという名前はヘブライ語で「穴」を意味すると「Wあるいは子供の頃の思い出」で語っている。生まれついての空白と寄り添おうとした「失踪」、それを「人生使用法」で見られるような圧倒的な筆致で埋めようとする網羅性。
若島正 ジョルジュ・ペレックの真実の生涯、あるいはXの悲劇
ペレックが空白を描く試みをドーナツの穴というわかりやすいアナロジーで物語る。そしてナボコフの「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」に影響が見られるペレック未完の小説「五十三日間」も、やはり空白が浮かび上がってくる構成らしい。Xとは「人生使用法」で最後まで埋められなかったジグソーパズルの欠落したピースの形である。
オクヤナオミ 暗黒の方陣
チェスや囲碁のようなゲームは、現実にプレイされている盤上だけでなく、棋士の脳内に無数の仮想盤が展開されている。「人生使用法」では章の構成がチェスのナイトの軌跡に従っているが、それを仮想盤になぞってもっと高次な次元から考えてみるというヒント。
春日武彦 多孔質の本、孔そのものの本
まさに多孔質的と言える「人生使用法」は、とるにたらないスクラップのように、どこからでも読むことができる。しかし、とるにたらないからこそ、そこに人生が圧縮されていたりもする。「美術愛好家の陳列室」(もうすぐ出るよ!)では、ある意味では徹底的にとるにたらない紛い物たらんとしたペレック。でもその徹底したフィクションにこそペレックのリアリティがある。
宮下誠 表象の地獄 あるいは無限に自己参照するユートピア
「美術愛好家の陳列室」は無数の絵画が描かれている絵画(ギャラリー画)についての本らしい。フーコーの「言葉と物」の中で徹底的に分析されたベラスケスの「ラス・メニーナス」の表象空間。そして「ラス・メニーナス」の中でベラスケスが描こうとしている実際には描かれなかった表象を、失われた作品のことばによる記述(エクフラシス)と捉える。それはシュテンプケの鼻行類のように虚構であり影である。絵画の絵画についての言葉という「美術愛好家の陳列室」は倒立したエクフラシスであり、現代的なシミュラクラの問題と繋がってくる。
塩塚秀一郎 文字落とし小説『失踪』を翻訳するとはいかなる企てなのか?
Eを一回も使わない長編小説「失踪」は、実はE的なものを一切排除していながらも、陰画としてE的なものをうかびあがらせようとしている。たとえばこの小説は全26章であるが、Eに相当する5章は欠落している、というように。それゆえ翻訳不能である。にも関わらずすでに5ヶ国語以上に翻訳されている。この英訳は作家としても有名なギルバート・アデアだが、メインテーマであるEを落とすことには成功しているが、E的なものを根こそぎ排除することにはいたっておらず、かえって読みやすいタダの小説にしてしまった。(それはそれですごいと思うけど)
スペイン語訳はそのへんがとっても処理がうまくて、まずEではなくAを落としている。つまり出現頻度最大のものを落としているというペレックの精神を受け継いでいるわけ。そしてペレックがフランス語という言語で行った試みをすべてスペイン語に翻訳したらしい。スゴスギル。
これを読むと、アルファベット以外に訳すのは超困難であるというのがわかる。それでも一種のチャレンジとして邦訳して欲しい。スペイン語訳はチームで翻訳らしいので、日本でも是非ともチームを組む必要があるだろう。これまでのペレック研究陣に若島正と柳瀬尚紀を加えればなんとかなりそうな気がする。あとスーパーバイザーとして筒井康隆を要請すべきだ。と個人的希望を書いておく。
水声通信 no.6(2006年4月号) (6)posted with amazlet on 06.04.06
とにかくやばすぎる本。
こちらもはずせない一冊。あわせてどうぞ。特に「冬の旅」は必読。
風の薔薇―文学/芸術/言語 (5)posted with amazlet on 06.04.07考えるヒントにどうぞ。
考える・分類する―日常生活の社会学posted with amazlet on 06.04.07
ウリポ的ではない作品
Wあるいは子供の頃の思い出posted with amazlet on 06.04.07エリス島物語―移民たちの彷徨と希望posted with amazlet on 06.04.07