小川洋子「薬指の標本」

エンターテイメントというよりは文学という方に属する作品なんだろう。
文学的な作品というと、どうしても薬指がなんちゃらのメタファーだとか考えたくなってしまうものだが、小川洋子の作品というのは、そういう見方をすると逆につまらなくなってしまうような気がする。
この透明さを、そのまま受け止めて味わいたいものである。

ただ実際、メタファーを全く考えずに「六角形の小部屋」を読むことはかなり難しいだろう。純粋に没入して作品を味わうということと、冷静に批評的な立場から読むという狭間を行ったり来たりしながら読むのが普通なわけで、どちらかの立場に立つというのは不可能だ。
これは非常に重要な問題を孕んでいることに、最近、気づいた。
恐らく前者は一般的には愛(または恍惚、忘我)と呼ばれるもので、これは後者の批評いうスタンスと真っ向から対立している。

その作品を愛するべきか、批評すべきか、ハッキリとした答えは出せないにしても、批評理論の地平を広げる面白い問題のような気がする。

薬指の標本
薬指の標本
posted with amazlet on 05.12.22
小川 洋子
新潮社 (1997/12)
ISBN:4101215219