澤井繁男「魔術と錬金術」

西洋思想の表側は近代哲学を抜きにすれば、もちろんキリスト教カトリックプロテスタント)である。しかし、この表側は底深い裏側、魔術的思想が潜んでいる。
魔術といっても、おどろおどろしい黒魔術ではなく、自然科学と言ってもいい哲学的な思想である。思いつくままに挙げてゆくと、カバラ、新プラトン主義、ヘルメス主義、ピュタゴラス派、グノーシス派……ポイントはいずれも一元論であるということだ。一元論なのに、どうして善と悪みたいな二項対立が生まれるの?と思った人は、新プラトン主義の入門書を読むといいだろう。

その一元論=第一要因がどうやって世界と関連しているのかを探求するのが魔術的思想である。とくに近代直前のルネサンス期に広まった思想はルネサンス魔術とも呼ばれている。これが近代科学の源流であるニュートン以降の理神論につながり、神の死を持って、論理的な現代科学へとなっていったというのが、簡単な粗筋であろう。

もちろん近代科学と違って、魔術的思想はコレスポデンス(照応)という対応関係によってすべてを説明しようとする。マクロコスモス(世界)とミクロコスモス(人間)が対応しており、マクロコスモスが生成に満ちた世界であるのだから、ミクロコスモスたる人間にだって万物を生成する原理を持ち合わせているに違いない!というわけだ。

本書はそういう西洋思想裏街道である魔術と錬金術についての本だ。著者の考え方にもとづきながらも、丁寧にまとめられておりルネサンス以前の壮大な魔術的西洋思想史を概観できるようになっている。初心者からその筋の人まで、楽しめる内容になっている。

特に面白かったのは、水成作用VS火成作用を超克した錬金術ユートピアと関係している、という話だ。その流れで、ダンテの神曲に出てくる煉獄とカンパネッラの「太陽の都」がそっくりであることが分析される。これは教育と煉獄のありかた、錬金術占星術が実践知であることを目指していたことを示している。

「太陽の都」に関しては
モナドの方へ - カンパネッラ「太陽の都」


さて二十世紀以降見直されてきた魔術的思想というものが、いったいなんの役に立つのだろうか? 私みたいに「単純に面白いじゃん」という人はさておき、一般人における現代的意味なんてあるのだろうか? 断言はしかねるが、おそらくあるだろう。

それは魔術的思想が徹底的にアナロジーに寄っているということだ。思考法としてのアナロジーをもっとも研究した学であるからこそ、人間的な血の通った知に近づける方法論として価値があるように思える。
(今のところ)コンピュータには出来ない類推を、魔術と錬金術を通して理解するのも悪くない。

また薔薇十字団などは、神秘思想などを全く抜きにして、その結社性、つまりある種の思想が作り上げるソーシャルネットワークの先駆けとして注目すべきものがある。組織論としての薔薇十字団なんて非常に面白いトピックなんじゃないだろうか。

余談

第二部の「錬金術」の冒頭でこんな記述が……

錬金術」という言葉をみたり聞いたりしたとき、ふつう人はどのような印象を受けるであろうか。

たぶんハガレンだと思いますよ。リアルな話。

と思ったら本書著者の監修によるこんな本が……

アニメ・コミックから読み解く錬金術―はじめて触れる魔術の原典
沢井 繁男
宝島社 (2004/05)
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