「加藤郁乎詩集」

前衛俳句界のプリンス、加藤郁乎の詩集。「球體感覺」「えくとぷらすま」など、代表作はほぼすべて収録されている。柳瀬尚紀フィネガンズ・ウェイクを書く上でリスペクトしたという「牧歌メロン」を読みたくて手に取った。

たしかに前衛である。初期の作品から飛ばしている。そして牧歌メロンでは、向こうの世界へ行ってしまった感がある。

とりあえず一句引用してみよう。

靴下はだしでらりる霊媒るロリータる

ロリータっちゃったよ。(三村風ツッコミ)
靴下なのか裸足なのかどっちなのか?
一言でいえば「わけがわからない」のだが、全く無意味というように感じられるわけではない。言葉が視覚的・聴覚的に多重化しているので、区切るところを変えたり、読み方を変えてみたりすると指し示す意味が変わってくる。丁度、見る角度を変えると異なる絵が浮かび上がるホログラムのようだ。

文庫版フィネガンズ・ウェイクの解説で小林恭二が指摘している通り、牧歌メロンとフィネガンには極めて密な相関関係がある。古今東西の文学を折り込み、意味を多重化することでむしろ無意味(ノンセンス)へと接近してゆく。牧歌メロンはフィネガンの俳句版といったところだ。

ちなみに牧歌メロンに至っては周囲の人間が「イクヤ遂に狂えり」と思ったそうだ。ジョイスフィネガンズ・ウェイクを書き始めたとき、「遂に脳軟化症になってしまった」と奥さんが嘆いたというエピソードに、見事重なる。


また巻末にある豪華執筆陣による作品論・詩人論も見逃せない。一同、加藤郁乎に対抗しようとあの手この手の技を繰り広げている。加藤郁乎本人の人柄を偲ばせる感じがしてほほえましい。
特に

あたりが、やりすぎ!
なかでも、ひとつ挙げるとするなら嵐山光三郎だ。ほぼ総ルビという力作で、タイトルは「カトー理事長の鰈なる一日」。完璧にギャグです。

正直、お世辞にも意味が分かったとは言い難い。百年経ったらこの意味がわかるのかも。

追記

加藤郁乎が生まれて初めて口にした言葉はニルヴァーナだそうです。(自称)
グランジだぜ。